スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 2014.03.05 Wednesday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

メレス急逝にエチオピアの将来を想う:「三人目の男」

  年9月、幻冬舎から『世界の独裁者』を発刊しました。このなかでは、発刊段階で現役だった世界の「独裁者」と呼ばれる人間を20人ピックアップし、その生い立ちや経歴、政治手腕などを、確認される事実に基づいて叙述しました。ところがその後、昨年10月にはリビアの最高指導者だったムハンマル・カダフィが、12月には北朝鮮の金正日が死亡。それぞれで状況は異なりますが、発刊からわずか3ヶ月の間に、20人中2人がこの世を去ったのを受けて、ある人から「あの本はデスノートか」といったブラックジョークまで言われました。

 いずれにせよ、残り18人のうち、シリアのアサド大統領が追い詰められているのは、連日の報道で伝えられる通りで、遅かれ早かれ、少なくともその政治生命は終焉を迎えるとみていました。また、実年齢からいえば、サウジアラビアのアブドッラー国王は1924年生まれの88歳、ジンバブエのムガベ大統領も同じく88歳と、「次の候補」は誰だろうと内心思っていました。ところが、全く意外なところから、「3人目」が出てきたのです。

 8月21日、外国(ベルギーとみられるが詳細は不明)で病気療養中という噂のあった、エチオピアの
メレス・ゼナウィ首相が、感染症(これも現段階では詳細不詳)により死亡したと報じられました。メレスは1955年生まれの57歳。1991年に反政府武装勢力を率いて、エチオピアの社会主義政権を打倒し、1995年に現行憲法が発布されて以来、実質的な最高権力者である首相ポストにあり続けました(大統領は儀典的な役職)。

 一口に「独裁者」と呼ばれる人間であっても、その全員が国際的な非難にさらされているわけではありません。「国際的に非難されない『独裁者』」を生む基準は、主に以下の二点があげられます。

●日本を含む西側先進国と経済関係が緊密であること
●アメリカを中心とする西側先進国主導の国際秩序に挑戦的でないこと

 この基準を全く満たさない「独裁者」の典型には、北朝鮮の金正日・正恩や、白人の土地を補償なしに接収するジンバブエのムガベがあげられます。経済関係が緊密でないことは、ひるがえって西側先進国からみた場合、経済制裁を実施するのが容易です。アメリカが対イラン制裁に熱心なのは、自らがイランとほとんど経済取引がないのが、これを促す一因です。中国の胡錦濤や、ロシアのプーチンといった「大物独裁者」に、西側先進国が口頭での非難以上のものを行わないのも、これらが核保有国で国連安保理の常任理事国であると同時に、投資や貿易といった形で経済関係が緊密になっていることが、大きな要因です。

 これに照らして言えば、国民に安全と物質的な満足感を提供し、西側先進国と敵対せず、むしろこれらと良好な経済関係を維持している限り、国民の政治活動を制限し、権力を独占していても、西側先進国がこれらを批判したり、まして何らかの制裁を課すことは、ほとんどありません。メレスは、このような「西側先進国と良好な関係を保つ『独裁者』」の一人でした。

 政権樹立後、メレスは市場経済を導入し、海外からの投資誘致に取り組みました。税制などでの優遇措置を講じ、資源の乏しいエチオピアへ先進国からの融資を呼び込み、コーヒー豆などの伝統的な産品だけでなく、生花といった新しい農産物の輸出を増やしたのです。その結果、エチオピアは2004年以降、毎年約10パーセントの経済成長率を記録してきました。アフリカで市場経済化を推し進めたい欧米諸国からみたとき、メレス率いるエチオピアは一つの「モデルケース」として位置づけられることになったのです。

 一方、メレスは国内に安定をもたらすことにも、ある程度成功してきました。ほとんどのアフリカ諸国の例に漏れず、エチオピアも国内に数多くのエスニシティがおり、その間で対立が絶えませんでした。メレス主導で作成された新憲法では、それぞれの州に「分離独立する権利」が付与されています。つまり、それぞれのエスニシティには、エチオピアにとどまるのが嫌なら、住民投票に基づいて独立する権利があるのです。「エスニック連邦主義」と呼ばれるこの仕組みは、エスニック対立が絶えないアフリカで稀有な取り組みであるばかりか、「少数者の権利」に敏感な欧米諸国からも好感をもってみられています。

 ただし、これは逆にメレス自身に大きな権力があるからこそ可能な仕組みでもありました。1991年に社会主義政権を打倒したのは、これと敵対していた四つのエスニック勢力の連合体、エチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)で、メレスはそれまでバラバラだった各勢力の協力関係を樹立させた、立役者でした。その結果、EPRDFにはエチオピアの主だったエスニシティの組織がほとんど加盟しています。そして、これに加盟するエスニック組織は、名目上各州に与えられている分離独立の権利を、実際には行使しないことを前提に集まっているのです。また、1995年憲法のもとでEPRDFは政党に衣替えし、2010年選挙では546議席中499議席を確保しました。つまり、EPRDFは主なエスニック組織の連合体でありながら事実上一つの政党でもあるのです。

 この複雑な構造の下、メレスは社会主義政権打倒の武力闘争時代から培ったンフォーマルな人間関係に基づき、EPRDFを通じてエチオピア全土に強い支配力を貫徹させてきました。そのなかで、それぞれのエスニシティのなかで、あくまで分離独立を求める勢力はEPRDFから排除され、弾圧の対象にもなってきたのです。

 しかし、メレスに対して欧米諸国からの批判は、ほとんど聞かれませんでした。それは、先述の経済的なパフォーマンスだけでなく、メレスが東アフリカの安定に寄与してきたという事情によります。エチオピアの周辺には、内戦が慢性化して国家として破綻したソマリアや、やはり長年の内戦の末に分裂したスーダンと南スーダン、さらにソマリアのイスラーム勢力に軍事援助を行っているといわれるエリトリアなど、安定と程遠い国が集中しています。

 その一方で、この一帯は地中海からスエズ運河、紅海を経て、インド洋に至る、国際海運の要衝です。日本でもソマリア沖で日本の船が海賊に襲われたといった話はときどきニュースになっていますが、この地域の安定は我々にも無関係ではありません。メレスは内乱状態のソマリア政府をバックアップし、南スーダンに平和維持部隊を派遣し、エリトリアの活動に対する批判の急先鋒となることで、東アフリカの安定に努めてきました。これはもちろん、単純な善意ではなく、自国の安定や発展を念頭に置いたものですが、いずれにしても西側先進国からみれば、自らが乗り出すには困難のある東アフリカの紛争に関与して沈静化を図るメレスは、好ましいパートナーだったのです。

 そのメレスの急逝は、何をもたらすのでしょうか。一言で言えば、メレスの死は、東アフリカの要となってきたエチオピアが、混乱と発展の分かれ道に立つ状況を生んだといえるでしょう。

 日本では誰が総理大臣になってもほとんど変化が生まれない、なぜなら官僚に象徴される国家機構が堅固だから、という状況がありますが、ほとんどのアフリカ諸国は全く逆です。誰が最高権力者になるかによって、その国の浮沈は大きく左右される、なぜなら国家機構が非常に脆弱だから、ということです。良かれ悪しかれ、それをサポートすべき官僚や政治家の素養や能力に問題が多いアフリカでは、リーダーにより動かされるところが、先進国とは比較にならない程多いのです。

 メレス急逝を受けて、ハイレマリアム副首相が新首相に指名されました。ハイレマリアムは1965年生まれ。エチオピア南部に居住する少数派エスニシティ、ウォライタ(Wolayta)の出身です。その政治手腕には未知数の部分も多く、現段階で将来を予測することは困難です。しかし、ハイレマリアムの能力に関わらず、一般的に大きな影響力をもっていた前任者が急にいなくなったとき、それまで潜在化していた内部の対立が噴出しやすいことは、その死の状況に違いがあるものの、カダフィ後のリビアで選挙が実施されながらも、世俗派とイスラーム勢力、王党派とリベラル派、さらにはイスラームの宗派間やエスニシティ間の反目と対立が顕在化している様相からも明らかです。

 もちろん、そういった内部の対立を乗り越えてこそ、その国の発展があることは確かです。1994年にフツとツチが凄惨な殺し合いを演じたルワンダで、大虐殺という大きな代償を払ったが故に、現代では国民としての結束が生まれつつあることは、これを示しています。しかし、それもまた、エスニシティ間の対立を乗り越えることに力を注ぐ、ポール・カガメ大統領の手腕によるところが大きいのです。

 先ほども言ったように、国家としての整備が未発達のアフリカでは、最高権力者によってその国の浮沈が大きく左右されます。それが世代を超えて引き継がれてこそ、その国の発展に繋がるといえるでしょう。その意味で、少なくとも順調な経済成長と(反対派の弾圧と引き換えではあっても)国内の治安を確保してきたメレスの退場は、「エスニック連邦主義」や経済成長が持続可能なものとして定着するか否かの分岐点にエチオピアが立ったことを意味し、それはひいては東アフリカの安定と成長、さらにはテロの拡散や海運の安全といった点で、日本にも影響してくる問題なのです。

ウィキリークスの存亡について

  「ウィキリークス」の創設者で、イギリス・ロンドンにあるエクアドル大使館に亡命を申請していた、ジュリアン・アサンジ氏に対し、エクアドル政府は16日に亡命を認可すると発表しました。アサンジはスウェーデンでの性犯罪容疑に問われており、6月に在ロンドン・エクアドル大使館に駆け込んでいました。イギリス政府はスウェーデンにアサンジを移送するため、エクアドル大使館に引渡しを求めていたため、今回のエクアドル政府の対応は、イギリスに全面的な外交戦を宣言したに等しいものです。

 アサンジが創設したウィキリークスは、情報や外交の透明性を求めて各国政府の公電などをリークしてきました。なかでも、アメリカ政府は数多くの外交機密が漏洩したことを重く見ており、
アサンジはイギリス政府から最終的にアメリカに引き渡されることを懸念しているともいわれます。

 ウィキリークスおよびアサンジの活動や主張をどこまで認めるべきかは、大いに議論の余地のあるところで、ここでは一旦置きます。

 ここで注目したいのは、アサンジがエクアドルに亡命を申請し、エクアドル政府がこれを認可したという事実です。なぜ、エクアドルなのでしょうか。

 エクアドルをはじめ、ラテンアメリカ諸国は19世紀以来アメリカ合衆国の影響力にさらされてきました。その反動として、多くのラテンアメリカ諸国では社会主義イデオロギーが浸透し、労働組合が大きな政治勢力としてあります。また、外国からの干渉を避けるという意味で、国家主権を尊重し、他国で政治犯として取り扱われた人間を引き渡さないことも珍しくありません。かつて、ヨーロッパを追われたナチスの残党が、数多くラテンアメリカ諸国に逃れたことは有名です。

 そのなかでも、ラファエル・コレア大統領に率いられるエクアドルは、ウゴ・チャベス大統領のベネズエラ、エボ・モラレス大統領のボリビアと並んで、反米的、急進的な社会主義国家として知られます。これらの国では、2000年代に入って、石油など豊富な資源の開発を行っていた外資を事実上国有化する動きが広がっています。その一方で、社会主義思想に基づき、女性や先住民族の権利の拡張が進められたり、貧困対策に力が入れられたりしています。その政策に賛否はあれ、エクアドルがラテンアメリカでも指折りの、欧米諸国からの影響力の浸透を拒絶する国であることは確かです。

 イギリス政府からの再三の要求にもかかわらず、エクアドル政府がアサンジ引渡しを拒絶したことは、この文脈からすれば不思議ではありません。これに対して、イギリス政府は15日、大使館への強制捜査の可能性を示唆しました。イギリス外務省の主張によれば、「
イギリスの法律によれば、一週間前の通告により、大使館に外交保護権はなくなる」。つまり、イギリスの主権に基づいて、例え独立国家の大使館に強制的に立ち入ってでも、アサンジを逮捕する可能性を示したのです。相手国の主権より自国の主権を優位に置く、イギリスの大国意識が図らずも露呈したような発言を、エクアドル外相が「我々はイギリスの植民地ではない」と批判することも、少なくとも心情的には、理解できなくはありません。

 とはいえ、イギリス政府の危機感は、単純に大国意識といったメンツだけのものではありません。いまやアサンジは、欧米諸国と反欧米諸国の間の、外交戦の狭間に立っているのです。アサンジをめぐる問題について、例えばロシアのプーチン大統領は2010年の段階(当時は首相)で既に「
アサンジ逮捕は非民主的」と批判し、さらに今年1月にはロシア国営放送がアサンジの対談番組を放映する計画を発表しました。「情報の透明性」や「表現の自由」を掲げながら、西側諸国政府がこぞってアサンジ逮捕にやっきになっている状況は、これらの欠如によって批判されるロシアにとって格好の、外交的な巻き返しの材料です。

 のみならず、アサンジが反欧米諸国の保護下に入れば、その状況はそれらの国の政府にとって、アサンジやウィキリークスがもつ膨大な内部資料へのアクセスが比較的容易になることを意味します。つまり、アサンジの保護は、反欧米諸国にとって、外交戦以上の価値があるといえるでしょう。

 果たして、この状況下、アサンジは何を思っているのでしょうか。今年7月、ウィキリークスは
シリア政府関係者の内部情報の公開に踏み切りました。200万通以上のメールのなかには、ロシア語のものも含まれます。ロシアがアサド政権を庇い続けてきたことに鑑みれば、このタイミングでの公開は、アサンジあるいはウィキリークスの側に、特定の勢力に取り込まれることへの危機感が少なからずあったとみることもできます。

 いずれにせよ、アサンジをめぐる問題は、「知る権利」vs.「外交上の機密」という論点にとどまらず、欧米諸国vs.反欧米諸国の構図に発展しています。このなかで、仮にエクアドルや反欧米諸国側に保護されたとしても、その後ある程度のバイアスがアサンジにかかることは、充分に予想されます。その意味で、「特定の誰かを批判するだけでなく、お互いを理解しあうためのリーク」というアサンジの主張を額面どおりに受け取ったとしても、彼がいるのが欧米諸国であれ、反欧米諸国であれ、その理念が継続的に実現する可能性は、限りなく低いと言わざるを得ないのです。

ストレスと排外主義と「大人社会」:反中、反韓世論の高まりに思う

  国大統領の竹島上陸や天皇の「訪韓」発言、また香港漁船の尖閣諸島上陸と、日本では急激に近隣諸国との摩擦がヒートアップしていることは、日々のニュースで伝えられている通りです。

  いずれも、基本的には中韓両国の国内事情、特に政府の置かれた立場を反映するものといえます。なかでも韓国の李明博大統領の場合、政権関係者の汚職問題や経済問題などで支持率が低迷するなか、今年12月の大統領候補選挙を控え、根深い反日感情を政治的に利用していることは明らかでしょう。さらにまた、香港や中国の場合も、言論統制などに対する当局への不満が鬱積するなか、反日的なアピールだけはある程度許容することで、結果的に共産党にとってはガス抜きの効果があるのです。いずれも、国民の間に根深い反日感情が背景にあるわけですが、政権担当者たちがそれを政権維持のために利用している、という側面も否定できません。その意味で、多くの日本人が「理不尽だ」という憤りや反発を覚えることは、無理のない話です。

  一方で、なぜこのように、日中、日韓の関係がギクシャクするのかを考えたとき、戦後賠償のあり方や歴史認識の問題だけでなく、それぞれの社会、あるいは世界全体の情勢が大きく作用しているといえます。

  1929年の世界恐慌後、やはり多くの国で狭隘なナショナリズムと排外主義が渦巻きました。個人レベルでもそうですが、社会においてもやはり、「なりたい自分」と「現にある自分」の間の乖離が激しい場合、そしてその差を埋めるために頑張ってみてもうまくいかない場合、それはストレスとなります。もちろん、そう簡単にストレスを発散させることはできないため、それは蓄積しがちです。それがリミットを越え始めると、人間は精神の安定を求めて「はけ口」を求めます。つまり、不満や憤りをぶつけられる対象です。第一次世界大戦後、巨額の賠償金を背負わされ、さらに世界恐慌が重なったドイツで、ユダヤ人や同性愛者といった「ゲルマン人らしくない」人たちをスケープゴートにしたナチスが人々の支持を集めたことは、偶然ではないでしょう。

  現下の世界は―オリンピックで一時的に気分転換ができたとしても―ヨーロッパの信用不安に端を発する不景気の只中にあります。日本から見れば好調に写る中国にしても、格差の増加だけでなく、ヨーロッパ向け輸出の不振から成長が鈍化しつつあります。情報端末や薄型テレビなどが好調の韓国も、貿易に依存した経済構造から、今年は2008年の金融危機後、最悪の交易条件に直面しているともいわれます。日本については、もはや言うまでもありません。

  すなわち、他者からみてどうかではなく、それぞれの社会の基準からして、社会的、経済的な不安とストレスが増幅していることは確かです。

  このなかで、中国や韓国の政権担当者たちにとって、日本が「不正義」と名指しすることに、少なくとも国内の政治的リスクが少ない存在としてあることは確かです。そして、領土問題という、外交で処理することが最も困難な部類に属しながら、最も国民感情に訴えやすい部類の問題があれば、引火することは簡単です。いわば、日本は中国、韓国のストレスの「はけ口」になっている側面があるのです。

  もちろん、その背景に過去の植民地支配、充分であったか疑問の余地のある戦後賠償、南京大虐殺や従軍慰安婦をめぐる政府間の歴史認識の問題(南京で殺された人数の信憑性や、慰安婦の徴収に軍自体が関わったか否かは、問題の本質でないと思います)など、日本側に原因と責任の一端があることを考えれば、強く出ることに躊躇があることも確かです。そして、その状況で、いわば「言われっぱなし」と捉える感覚が、日本側にとってストレスを増幅させることにつながります。ただでさえ、中高生にまで、将来への不安感が充満している状況下、こうしたストレスがリミットを超え、社会全体で反中国、反韓国の感情に行き着くことは容易です。

  ただし、反中国、反韓国の主張を掲げることは容易ですが、それが生産的か否かといえば、全く非生産的と言わざるを得ません。それは、日中間の貿易・経済関係が緊密であることや、日本側に少なからず原因がある、というだけではありません。激昂して「正義」を強調することが、問題の解決にはならないからです。

  少なくとも一般社会では、どこの国であれ、素のままの不満や憤りをぶつけることが好まれないということは、多くの人が理解しています。ところがストレスが高くなってくると、高まった不満を吐き出すために、何らかの「正義」を掲げ、「不正義」とみなすものを強圧的、一方的に処断するという行動パターンが生まれます。電車の中などで、少し態度が悪い若者に、いかにも真面目な勤め人風の中高年が突然切れて怒鳴り散らす光景は、まさにこれです。切れ方にもよりますが、周囲からみた場合、中高年もまた、態度の悪い若者と同レベル、あるいはより「イタイ」存在に写り、その言っている内容に関わらず、賛同しにくくなることは、稀ではありません。

  この比喩の若者と中高年のいずれに日本と中国・韓国が該当するかは、各人の判断に委ねたいところです。ここで重要なことは、強圧的に「正義」を叫ぶことは、身内にはともかく、周囲からの賛同を得られにくい、ということです。

  「毅然とした態度で」というのは、どの党といわず、政治家が好きな言葉です。それがどんな内容であれ、基本的に「原則を守る」こと自体は賛成です。しかし、無闇に大騒ぎするだけが、「毅然とした態度」ではないはずです。日本の立場や原則の正当性を、国際的に強調したいなら、むしろ穏やかな口調で語った方が、説得力が増すはずです。その意味では、竹島の領有に関して、国際司法裁判所に付託する提案をしたことは評価してよいと思います。また、香港の活動家の尖閣諸島上陸を力ずくで阻止しなかったことも、冷静な対応だったといってよいでしょう。しかし、いかに支持率が低迷しているとはいえ、民主党政府の閣僚からも、対立の土俵に乗るかのような発言が相次ぐことは、それこそ国益に反するものと言わざるを得ません。

  現代の国際社会は、一種の「大人社会」です。100年前なら、「子ども社会」と同様、揉め事があったときに、力ずくで解決することができました。しかし、貿易や金融取引の増加により、経済的な相互依存関係が深まることは、仮に相手に一方的に損失を与えれば、それが翻って自分にも返ってくるため、間違っても武力で物事を解決できない関係になることを意味します。そのなかで、いかに自分の正当性を周囲や相手に認知させるかが、大人の身の処し方のはずです。
  
  それにより、さらにストレスがかかることは間違いありません。しかし、少なくとも予想される限りの将来において、我々はその時代環境で生きていかざるを得ないのです。目指すべきは「大人社会」での問題処理であり、相手が仮にそのルールに乗らなかったとしても、「大人」としての振る舞いを辞めることは、日本にとって決して得策ではないのです。 

忍び寄る食品高騰の影

 ンドン・オリンピックが終わりました。「宴の後」という言葉があるように、高揚感が通り抜けた後には、ひたすら現実だけが残ります。なかでも、その深刻さが段々明らかになってきたのが、食糧価格の高騰です。

 8月10日、食糧取り引きの国際的指標になっているシカゴ商品取引所のとうもろこし先物取引相場は、
1ブッシェル(約25キロ)で8.49ドルという過去最高値を記録しました。今年に入ってからの平均値が約6.55ドル。しかし、7月初旬からトウモロコシ価格は徐々に高騰。7月20日には8.28ドルの史上最高値を記録しました。8月10日の記録は、これを更に上回るものです。

 今回の食糧価格高騰の直接のきっかけは、アメリカの50年ぶりとも言われる旱魃にあります。生産量が激減したことに加えて、アメリカではトウモロコシ生産量の40パーセントをバイオエタノールに充てることが法律で定められています。世界有数の農産物輸出国アメリカから、トウモロコシが例年通り輸出されないという見込みが広がるにつれ、先物相場が高騰し始めたのです。世界規模での食糧価格高騰の懸念に対して、既に
FAO(国連食糧農業機関)がアメリカ政府にバイオ燃料政策の見直しを求めたほか、13日にはG20が会合を計画しているとも報じられています。

 今後、食糧価格がどの程度上がるかは、予断を許しません。しかし、その影響を小さく見積もることは危険でしょう。

 まず、食糧自給率が40パーセントを割り込んだ日本は、その影響をまともに受けかねません。トウモロコシはそのままで、あるいはマーガリンといった形で実際に人間が口にする以外にも、家畜の飼料になるため、その価格の高騰は、食肉の値段にも反映されてきます。歴史的な円高が飼料や食糧の輸入コストを多少は相殺したとしても、このままの水準でトウモロコシ価格が推移すれば、そのアドバンテージもやがて失われるでしょう。

 次に、ヨーロッパの信用不安が長引き、中国など新興国の経済までがそれに引きずられて成長スピードを停滞させている状況に鑑みれば、今後ますます食糧価格が高騰する恐れは否定できません。新興国の消費水準が向上するという大きな背景の下で、各国の株式やドル、ユーロといった主要通貨のリスクが高まるなか、投資家にとって食糧はエネルギーと並んで有望な投資対象です。50年ぶりともいわれるアメリカの旱魃が、これに拍車をかけました。買いが買いを呼ぶ。市場の群衆行動が先天的にもつ危険性が、今回も懸念されているのです。そして、仮に食糧価格の高止まりが長期化するような事態になれば、それは市場の資金が当面、金融市場に向かわない状態を生み、株式やドル、ユーロ安を維持するという悪循環に繋がりかねません。

 そして最後に、食糧価格の高騰は、世界的な政情不安を招きかねません。中国の歴代王朝が食糧や燃料が不足し、民衆の不満が高まったタイミングで倒れたことに鑑みれば、食糧という人間にとって最もベーシックな要求が満たされない状態は、大きな社会不安をもたらします。リーマンショック後、金融市場から資金が穀物市場に急速に流入し、2008年にもやはり世界規模で食糧価格が高騰しました。多くの国、なかでも食糧価格の高騰を政府が補填するだけの力の乏しい開発途上国では、暴動にまで発展しました。

 予想される、これらの危険性を回避するため、計画中のG20サミットでは、包括的な対応が求められます。特に、既にFAOから指摘されている、アメリカでのバイオエタノール規制の暫定的な解除が、一つの焦点になると思われます。これが実現すれば、食用、飼料用に回るアメリカ産トウモロコシが増えるわけですから、投資家も少し落ち着きを取り戻し、それにつれて価格も下落すると思われます。

 他方で、2008年の食糧危機において、新興国の生活水準向上やバイオエタノール利用という中長期的な要因を受けて、グローバルな食糧増産の必要性がG20で確認されていたにもかかわらず、それはほとんど実現していません。市場経済のもとでは、その時々で儲かりそうなところに資金や人材が集まります。しかし、農業は基本的にそのような短期的な利潤追求とは相容れないものです。例えば現状において、皆が短期的な利潤を追求すれば、食糧価格は際限なく高騰し、その結果多くの人間が食糧にアクセスできなくなる、という事態になりかねないからです。

 その一方で、食糧を売買対象として扱わなくすることは、各国に100パーセントの食糧自給を求めることになり、これは全く非現実的です。

 つまり、世界規模で安定的に食糧を確保するためには、食糧を市場で売買するという前提を維持せざるを得ないとしても、より計画的に食糧を増産する必要があるのです。そのためには、その多くが食糧輸入国となっている開発途上国での農業振興なども欠かせません。この点において、日本自身が大変な状況にあることは重々分かっていますが、国際協力、開発援助を簡単に削減することは避けるべきでしょう。

 ただし、市場に出回る食糧が増えたとしても、購買力がなければ、その人は食糧にアクセスできません。したがって、この点からも、世界規模での景気回復の必要性があるのです。

 世界が複雑化するほど、問題が困難になるほど、ひとは一刀両断の解決策を求めがちです。しかし、人間社会のいかなる問題であれ、そのようなマジックがないことは、言うまでもありません。地道な努力を重ねてメダルにたどり着いたオリンピック選手たちと同様、関係する多くの問題を視野に入れながら、優先順位をつけて取り組むしかないことだけは、確かなのです。


シリアでの大量破壊兵器使用の可能性を懸念する理由

  界の眼がロンドン・オリンピックに向かうなか、シリアでは凄惨な内戦がさらにエスカレートしています。7月20日以降、政府軍はダマスカスとアレッポの二大都市に兵力を集中させ、戦闘機やヘリをも用いて反体制派を攻撃しています。そしてさらに問題なのは、23日にシリア政府が化学兵器や細菌兵器の保有を事実上認め、「外国の軍事介入があった場合」に使用する可能性を示唆したことです。

広く知られるように、毒ガスが兵器として初めて使用されたのは、第一次世界大戦でした。その後、1925年のジュネーブ議定書で、戦争における生物・化学兵器の使用は禁止され、シリアも1968年に同議定書を批准しています。しかし、その製造が容易なことから、特に化学兵器は「貧者の核兵器」とも呼ばれ、シリアがイスラエルやアメリカを念頭に、抑止効果を期待する戦略兵器としてこれらを保有しているという噂あるいは見解は、以前からあったものでした。実際、シリアは生物兵器の生産や保有を禁じた生物兵器禁止条約(1975年発効)は未批准化学兵器の開発、生産、貯蔵、使用を禁じた化学兵器禁止条約(1997年発効)は未署名です。よって、シリアはこれらの大量破壊兵器の生産や保有を禁じる国際条約に縛られることはないので、保有を認めたこと自体は噂の正しさを裏付けるものだったといえるかもしれません。とはいえ、その使用を禁じるジュネーブ議定書は批准しているのですから、それに反してまで使用する可能性を示唆したことは、深刻に受け止めるべきでしょう。

シリアが今回の内戦で生物・化学兵器を使用する危険性は大きいと思われます。

第一に、「外国の軍事介入」が欧米諸国の軍隊を指すと限らないことに注意すべきでしょう。シリアの内戦には、周辺諸国もかかわっています。シーア派の一派であるアラウィー派が中心のアサド政権自身が、やはりシーア派中心のイランからの支援を受けている一方、長年アラウィー派支配に敵意をもってきたスンニ派中心の反体制派は、これまたスンニ派のサウジアラビアなど富裕な湾岸諸国から資金援助を受けています。それだけでなく、自由シリア軍は欧米諸国に逃れている亡命シリア人団体からも支援を受けています。これらを指して、「外国(欧米や湾岸諸国)政府からの支援を受けたテロリスト」と呼ぶことで、「シリアの文脈」では生物・化学兵器の使用が正当化される危険性は、充分にあります。

第二に、アサド体制のもつ特徴が、生物・化学兵器の使用をより容易にしやすいと考えられます。これまでに何度か取り上げてきましたが、アサド大統領は父・ハーフェズの意向で急遽、後継者に据えられたため、軍や情報機関を統制しきれない「細腕の『独裁者』」です。例えが適切でないかもしれませんが、いわば中央から派遣されたキャリア警察官が地方の警察署の署長に据えられながら、その実質的な権限は生え抜きの副署長などに握られているのと、ほぼ同じです。軍事作戦の主要な、実際的な判断は、軍や情報機関が行っているとみた方がいいでしょう。

生物・化学兵器は市民も社会的弱者も関係なく、無差別の殺傷を可能にするため、その使用には一般に強い「タブー」意識があります。湾岸戦争で化学兵器の使用を威嚇に使用したイラクのサダム・フセインが、その後急速に国際的に孤立していったことは、当然といえば当然の結果でした。しかし、その「タブー」に起因する批判は、公式の最高責任者に向けられることになりがちです。シリアの実力者たちからみた場合、最終的な責任はアサドに被せることが可能です。故に、生物・化学兵器の使用に関するハードルは、シリアにおいて低くなるといえるのです。

第三に、現代において生物・化学兵器は、実際に使用する兵器としてよりむしろ、その保有を疑わせたり、ほのめかしたりすることで、相手からの介入を拒絶するための、戦略兵器としての側面が濃厚です。しかし、その脅しは平時において、しかも相手が外国政府である場合には有効なのですが、既に戦闘がこれだけ大規模化しており、相手が政権打倒のために生命を省みなくなっている反体制派を相手にした場合、ほとんど効果を発揮しないと考えられます。使用しないままでの威嚇が成功しないとすると、かえって実際に使用して、恐怖感を相手に植え付けよう、という心理が働くことは、想像に難くありません。

第四に、そして最も切実な理由として、アサド体制が相当程度追い込まれてきている、ということです。大量破壊兵器の保有を認めたこと自体、それを示しています。後ろ盾だったロシアも、既にシリア向け武器輸出を停止する方針を示しており、さらに大量破壊兵器の使用の可能性に関してアサド政権から打診を受けた際、当然と言えば当然ですが、これを一蹴したと伝えられています。国際的にも孤立しつつあるなか、主要都市での決戦に力を集約し始めたこともまた、アサド体制の苦境を物語ります。

以上の理由から、そうならないことを念じながらも、シリアの実力者たちが生物・化学兵器の使用という禁じ手に踏み切る公算は大きいといわざるを得ません。そして、もし仮に大量破壊兵器が使用された場合、シリア内部の相互不信はさらに高まり、戦闘が収束した後も、その将来に暗い影を投げかけることになると予想されるのです。

「ダマスカスの火山とシリアの地震」発動はシリア情勢の分岐点となるか

リア情勢が最大の山場にさしかかったようです。シリア反体制派の自由シリア軍が現地時間の16日午後8時に、「ダマスカスの火山とシリアの地震」と名付けた作戦を全土で開始したと発表しました。攻撃対象は治安部隊やアサド政権支持派民兵「シャビハ」だけでなく、ヒズボラやイランの革命防衛隊など、アサド政権と結びついた外国勢力も含まれる、としており、これはまさに自由シリア軍が総攻撃に突入したことを示唆しています。

おりしも14日には、
国際赤十字委員会がシリアの状態を「非国際的な武力紛争」、つまり「内戦」と認定しました。これにより、今後シリアで民間人の殺傷などが行われた場合、国際人道法によって戦争犯罪に問われることになりました。

さらにまた、自由シリア軍の総攻撃は国際社会の反応にも影響を及ぼすとみられます。特に18日には、国連の安全保障理事会で、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツから新たな決議案が提出される予定です。この提案は、アナン前国連事務総長の仲介と提案に基づき、国連シリア監視団の派遣期限を45日延長するとともに、国連憲章第7章に基づく制裁の実施を可能にする内容を含みます。この場合の制裁には、外交、経済のみならず、軍事介入も含まれるため、中国とロシアはこれまで通り
消極的な反応を示すことが予想されます。

西側先進国と中ロの対立は今に始まったことではありませんが、ここしばらくのシリアをめぐる対立の中で、両者は「チキン・ゲーム」の状態に陥っているとみられます。つまり、お互いに強気の態度をとり続け、先に下りた方が負けの、度胸試しの状態です。

西側にしてみると、「軍事介入はしない」に越したことはありませんが、あからさまにその立場を示し続ければ、シリアだけでなく、中ロからも譲歩を引き出しにくくなります。そのため、「軍事介入も可能な決議を通そうとする」姿勢を示すことで、相手にプレッシャーをかけ続けているのです。しかし、以前にも取り上げたように、西側先進国は基本的に、シリアに介入することに消極的です。したがって、このプレッシャーは、カードゲームのなかでさも強い札を持っているふりをする「ブラフ(はったり)」と同じで、相手がゲームから降りることを促している側面が大きいと言えるでしょう。

このことは、中ロも認識していることでしょう。しかし、中ロもまた、「主権尊重」を盾に西側につっぱり続けているものの、「内戦」の認定を受け、アサド大統領が戦争犯罪に問われる可能性が出てきたなかでは、いつまでもシリアを擁護することのリスクは大きすぎます。故に、できるだけ自らの傷が小さい形でゲームから降りるのが、中ロにとって得策な状態ができつつあるといえます。とはいえ、西側4カ国の提案を呑んでしまえば、後々西側が中ロの人権問題に介入・干渉する前例を作りかねません。よって、中ロも西側と同様に、「ゲームから降りたいけど降りられない」ために強気の姿勢をみせ続けざるを得ない状態にあるのです。ただし、18日の安保理決議が採択される可能性は大きくありませんが、遅かれ早かれ中ロも軍事介入以外の制裁の容認には転じざるを得ないとみられます。

冒頭の自由シリア軍による総攻撃は、このように国際環境が煮詰まってきたなかで発動されました。この結果を予想するのは困難です。しかし、この総攻撃によってアサド政権側が致命的な損傷を受けた場合、中ロもシリアの見切り時を得て、国連の対応は一気にアサド放棄に向かう可能性があります。他方、アサド政権が「ダマスカスの火山とシリアの地震」作戦を押さえ込んだ場合でも、より緩やかに西側と中ロの妥協が進む方向性自体は変わらず、その結果アサド包囲網が敷かれていくことになると予測されるのです。

先送りされた対決の噴出:エジプトの政治的混迷

7月1日、ムハンマド・モルシ氏がエジプトの新大統領に就任し、これにともなって暫定統治を行ってきた軍最高評議会(SCAF)は正式に権限を委譲しました。これで、昨年2月のムバラク前大統領の辞任から激動期を迎えていたエジプトの情勢が一段落するかと思いきや、そうはいかないようです。先月、憲法裁判所から選挙結果の違憲性を指摘され、解散されていた人民議会が、モルシ新大統領の政令によって10日に招集されました。これに対して、憲法裁判所はあくまで選挙結果の違憲性を強調し、大統領の議会召集が司法判断に反するものとの立場を崩していません。

ムスリム同胞団の政治ブランチである自由公正党(FJP)をはじめ、イスラーム系政党からは、「議会の解散を命じた憲法裁判所が、旧政権関係者で占められるSCAFからの要求、あるいは圧力によって、イスラーム系のモルシ政権への妨害を図っている」との見方が示されています。エジプトのみならず、多くの開発途上国では人事権や財政、さらにインフォーマルな人間関係を通じて、行政府が司法府に影響力を行使することが稀ではありません。この観点からすれば、FJPなどの主張は、確証はないものの、およそ妥当な見方といえるでしょう。

いずれにしても、大統領と憲法裁判所が対立する状況は、エジプトの前途の多難さを示しています。とはいえ、これはいわば、エジプトの民主化がたどった経緯からすれば、避けられなかった対立がいよいよ本格化したものとも言えます。

昨年来の一連の政治変動のなか、イスラーム系政党は、前政権関係者が中心で暫定統治を行うSCAFとの全面対決を回避し、安定的な体制転換を目指してきました。ムバラク前大統領の辞任後、新しい憲法を起草するか、既存の憲法の修正で済ませ、選挙をなるべく早く実施するかは、2011年3月にSCAFが実施した国民投票で有権者に諮られました。このとき、選挙における優位を確信していたFJPなどイスラーム系政党は、こぞって既存の憲法の修正と、早い時期の選挙実施という選択をするよう、支持者に求めたのです。その結果、大学生らを中心とする世俗的なリベラル派が求める新憲法の起草という案は破れ、民主的な選挙が行われるように憲法が修正され、SCAFの管理下で人民議会、大統領選挙が相次いで行われることになりました。これはイスラーム勢力が、なるべく早く体制転換を済ませることを優先させた結果、といえるでしょう。

そのうえで、イスラーム勢力は、部分的とはいえ、旧政権と歩調を合わせることで、スムーズに体制転換が進むように図ってきました。2011年5月、ムバラク前大統領の裁判が始まらないことや、夜間外出禁止令が解除されないことに不満を募らせたリベラル派が、カイロやアレクサンドリアで数万人規模のデモを行い、「第二次革命」を掲げたとき、イスラーム系政党は一切これに関与しませんでした。さらに、大統領選挙ではともかく、人民議会選挙では、旧政権関係者が立候補することに、イスラーム系政党は全く異議を唱えませんでした。これらに象徴されるように、選挙前の事前観測で優位に立っていたイスラーム系政党は、根本的な制度改革や、ムバラク前大統領以外の前政権関係者らの責任追及より、スムーズな体制転換を図ったのであり、この点において結果的に、SCAFに協力したことになります。

これはFJPなどイスラーム系政党の現実主義的、あるいはプラグマティックな判断によるものですが、このような選択は、体制移行期において珍しいものではありません。1970年代のラテンアメリカでは、各国で石油危機後の経済情勢に有効に対応できない軍事政権への不満が増幅し、民主的な政治体制への移行が相次ぎました。

このときの体制転換をもとに、T.L.カールは体制転換を威圧、協定、革命、改革の四つのパターンに分類しています【
Terry Lynn Karl (1990) “Dilemmas of Democratization in Latin America,” Comparative Politics, (23), pp.1-21】。これらの類型は、(1)体制転換の主体となったのが少数のエリート(反体制派のリーダーたちを含む)か、多数の市民か、(2)体制転換の手段が暴力的か、平和的な交渉か、の二つの軸で分類されます。これに従うと、威圧(エリート主導−暴力的)、協定(エリート主導−平和的)、革命(市民中心−暴力的)、改革(市民中心−平和的)となります。カールによると、1970年代のラテンアメリカや南欧の場合、「協定」がほとんどでした。つまり、一般的に「民主化」というと、フランス革命のイメージのように、市民が力ずくで政府を打ち倒すものと理解されるかもしれませんが、実際には旧政権のなかの穏健派と、反体制派のなかの穏健派が、実際に打ち合わせをしたかどうかはともかく、少なくとも結果的には、スムーズな体制転換に相互の利益を見出し、そのために部分的に歩調を揃える、というパターンが珍しくないのです。

「協定」による体制転換は、全面的な内乱に陥ることを避け、安定的に権限を委譲することができる点にメリットがあります。ただし、その場合、旧政権関係者は、新体制樹立後に自らの安全や利益が保証されるという前提で、反体制派の穏健派と協力するため、汚職の蔓延や縁故主義といった、社会のなかの不合理は残存することになります。実際、ラテンアメリカ諸国では、大地主制に由来する大きな格差など、旧来の政権のもとで保護されてきた社会問題が、体制転換後も残ることになり、貧困の蔓延が民主主義の普及を妨げることにもなっています。

エジプトに話しを戻すと、昨年来の政治変動は、旧政権関係者によって構成されるSCAFと、旧政権下で弾圧されていたFJPなどイスラーム系政党の間の「協定」であったといえるでしょう。いわば、内外から批判を招いたムバラク体制を消滅させ、安定的に権限を次の者に委譲することに両者は共通の利害を見出し、そのために実質的に歩調を揃えてきたのです。それは同時に、両者の全面的な対立が先送りされたことをも意味します。

一時棚上げにされていた前政権関係者とイスラーム系政党の間の対立が噴出したのは、先月のことでした。デモ隊に対する暴力的な鎮圧を止めなかった嫌疑で、特設法廷でムバラク前大統領に終身刑が言い渡されたものの、二人の息子をはじめ、それ以外の前政権関係者は、全員「
証拠不十分」とされました。一方で、ムバラク体制最後の首相だったアハメド・シャフィクの立候補を合憲と認められたのです。この頃から、2011年11月の人民議会選挙で大勝したイスラーム系政党への警戒感から、SCAFが司法府を通じて政治的な圧力を加えている、とFJPなどからの批判が相次ぐようになります。大統領選挙に関しては以前に取り上げたとおりですが、既に述べたように、今回のモルシ政権と憲法裁判所の間の対立は、封印されてきた対立が、いよいよ本格的に噴出したことを示しています。これは「協定」という経路をたどったことの宿命とさえ言えるかもしれません。

いずれにしても、モルシ新政権と軍の指導層は、全面対立が双方にとって利益にならないと理解しているはずで、エジプトが内乱などに陥る可能性は極めて低いとみられます。しかし、新政権と旧政権のそれぞれの支持者の間にある根深い不信感と敵意を潜在化させたまま、ただひたすら安定的な政権運営だけを目指すことは、いつ破裂するか分からない時限爆弾を抱え込むようなものです。その意味では、アパルトヘイト(人種隔離)体制終結後の南アフリカで行われ、刑罰を科さないことを前提に、旧体制下で起こった人権侵害の事実を究明して社会全体でそれを受け入れる、「真実和解委員会」のような取り組みが、どこかのタイミングで必要になるといえるでしょう。ともあれ、選挙の実施と新政権の誕生は、エジプトの民主化のゴールなどでは決してなく、むしろこれからが正念場なのです。

「生命と特許」の二項対立:日本上陸

 7月6日の夜、7時半からNHKの関東ローカル「特報首都圏」のテーマは、抗ガン剤でした。医学、薬学の進歩で抗ガン剤が次々に開発されているにもかかわらず、その値段が高すぎて多くの患者が購入に苦労している実態が伝えられていました。番組の中では、保険の対象になっても一粒9,000円する薬の事例や、毎月10万円以上の費用負担の患者などが取り上げられ、高額の薬代を支払わなければならない治療と子供の教育費をはかりにかけて、結局後者を選択した患者の例、高額医療費を負担するために仕事を掛け持ちせざるを得ない非正規労働者の例などに、身につまされる思いがしました。

抗ガン剤に限らず、医薬品メーカーが研究開発にかけた投資を回収するために薬の末端価格が高く据え置かれ、特許など知的所有権がそれを事実上可能にしている。その結果、治療に有効な薬があると分かっていても、実際にはそれにアクセスできない患者が多く生まれる。この問題は、1990年代にアフリカで既に顕在化していました。

1996年、南アフリカ政府を欧米医薬品メーカー23社が揃って提訴しました。理由は、同じ年に南アフリカ議会が成立させた「改正医薬品法」が医薬品メーカーの知的所有権を侵害しているというものでした。この法律は、欧米医薬品メーカーが開発した抗レトロ・ウィルス剤(ARV)と同じ成分の薬を、南ア国内で製造、販売することを認めたものです。ARVはHIVに感染した人がエイズを発症させない効果をもちます。しかし、やはり医薬品メーカーの特許料によって値段が一週間の服用で200ドルを超えるため、南アの患者たちにとっては高嶺の花だったのです。

HIVが蔓延する国内状況に直面する南アの政府と議会は、知的所有権の侵害を承知のうえで、改正医薬品法を成立させました。これに対して、医薬品メーカーが揃って訴訟に訴えたことは世界の耳目を集め、知的所有権という市場経済のルールと、生命のいずれを尊重すべきかという議論を呼んだのです。

南アに対しては、国内に多くの医薬品メーカーを抱え、さらに知的所有権を経済成長の重要手段と位置付けるアメリカ政府が経済制裁を警告するなど、主に先進国の政府や大企業から圧力がかかりました。一方で、
提訴を起こした医薬品メーカーは、生命より特許を優先させる」という、余りにも悪いイメージにより、国際的な民間レベルの世論から激しい非難を受けることになったのです。翌年、医薬品メーカー側は提訴を取り下げましたが、これは企業としてのイメージ悪化を恐れたためと言えるでしょう。

1990年代、それまで個々の国で保護されていた知的所有権が、グローバルレベルで保護されるようになりました。1995年に締結されたTRIPs協定
知的所有権の貿易関連の側面に関する協定:Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)は、締約国同士で知的所有権の保護を約束しています。TRIPs協定に基づき、グローバルな知的所有権を所管するWTO(世界貿易機関)でも、「知的所有権は健康の悪化を容認するものでない」旨が確認されています。しかし、最終的に南ア政府が先進国との関係をおもんばかって改正医薬品法を執行していないように、経済的に薬が手に入らない患者のためとはいえ、知的所有権に抵触して類似の医薬品を製造、販売することは、TRIPs協定に同意している以上、独立国家といえども困難なのです。

知的所有権と生命、市場と国家という二項対立は、このように15年以上前に、世界の最貧地帯であるアフリカで、既に生まれていたのです。抗ガン剤をめぐる問題は、この問題が今や、先進国である日本にも上陸したことを示しています。

ただし、1990年代の教訓は、やみくもに知的所有権や市場経済を批判しても、患者が医薬品を手に入れられるわけでない、ということです。

医薬品開発では、メーカーの果たす役割は無視できません。そのことの善し悪しはさておき、民間企業である医薬品メーカーにとって知的所有権は、膨大なコストをかけてでも、他に先駆けて新薬を開発するインセンティブになっています。つまり、一部の急進的な反グローバル主義者が主張するように、知的所有権やTRIPs協定を否定することは、医薬品開発のスピード低下をもたらしかねないのです。それは医療水準の向上という、万人にとっての利益に反します。実際、ARVによって生を約束された患者が数多くあり、それはARVを開発した医薬品メーカーの功績と言っていいでしょう。

そこで重要なことは、知的所有権の保護と医薬品へのアクセスを両立させる、ということです。そのためには、患者が医薬品を手に入れる場合の公的補助が必要になってきます。先ほどのARVに関して言えば、貧困国向けのものを国際機関などが国別に一括購入し、各国に安価に引き渡す、という手法が検討されています。先進国では、「特報首都圏」でも触れていたフランスなどのように、全ての医薬品や治療を一律に保健の対象とするのではなく、自己負担の比率を、抗ガン剤など生命に関わるものは低く、風邪など軽度のものを高くするとい手法があり得ます。

この手法に対しては、「何を対象とするか」に「恣意的」という批判があり得ます。つまり、「生命に関わる」医薬品とは、何を指すのか。そして、「軽度のもの」とは何を指すのか。そこに客観的、絶対的な基準はありません。その点で、消費税の非課税品目をめぐる問題と同じです(例えば、フランスでは高級食材のトリュフが食品として間接税の対象から除外されているが、それは妥当なのか)。

とは言え、明確な基準がないから基準をそもそもなくして、みんな一律に扱うべき、という主張は非常にシンプルで分かりやすいのですが、その思考こそが、これまで取り上げてきた、「医薬品が手に入らない」という問題を生んできたのです。さらに、条件のよい人も悪い人も待遇を一律にすることが、機会の平等を確保することに繋がらないこともまた確かです。

災害救急の現場で、トリアージという手法があります。重症、軽症を医師などが識別し、重症の人から優先的に治療、搬送を行うというものです。これは、人員、時間、器材が限られているなかで最大のパフォーマンスをあげるための取り組みです。財政赤字が膨らみ続けるなかで、天井知らずに医療予算を拡大させることはできません。限られた予算のなかで医療のパフォーマンスをあげるためには、健康保険制度全体にトリアージの発想を持ち込み、限られた予算を有効に使う必要があると言えるでしょう。

「マニュフェスト違反」の意味するもの

  費税法案をめぐる党内対立の挙句、小沢元代表が7月2日に民主党を離党しました。衆議院から38人、参議院から12人を引き連れての離党は、しかしこれまでの新進党結成の時などと異なり、連携する相手や世論の支持に乏しいままでのもので、今後小沢氏率いる新党が政治的影響力をどの程度発揮できるかは定かでありません。

 増税だけが先に決まり、社会保障などが棚上げにされた「一体改革法案」の不備は明らかです。その意味で、今回成立した法案が民自公の妥協の産物であることは否めません。

 しかし、どうしても一つ気になるのは、小沢氏の「消費税の増税はマニュフェストに書いていない、有権者との約束違反だ」という主張です。同様の主張は、消費税増税に反対した各党からも聞かれますが、これはおよそ議会制民主主義の理念に反するものと言わざるを得ません。
 
 議会制民主主義のもとでは、有権者たる国民は投票によって自分たちの「代表」を選出します。「代表」の概念は、国民のうちの見識の優れた、リーダーシップのある、国家を担うに足るにふさわしいひと、という前提に立ちます。もちろん、個別の議員をみれば首を傾げたくなるひともありますが、理念としてはそういうことです。いわば国民・有権者は「代表」に国家を託して、統治を任せる、というのが議会制民主主義の根本思想です。

 これを発展させれば、「代表」である議員は、基本的には国民・有権者の意思を尊重しながらも、自らの判断で国家の舵取りをする、となります。そのため、消費税増税法案の採決前にもれ聞こえた、「消費税を増税すべきか否か、国民の意思を問う選挙を行うべき」という主張は、そもそもおかしいことになります。「代表」たる議員は、逐一の法案について国民からオーダーを受ける立場にないからです。その考え方が通るなら、国民の意思を法案ごとに集計すればよく、議員も議会も不要となります。

 ただし、消費税のように関心が高い問題はともかく、それ以外の日の目をなかなか浴びない法案の逐一を、毎度まいど国民に問うのは非効率的で、さらに全体の整合性も採りにくくなります。仮に逐一の法案について国民が意思表示を求められるなら、それは参加の強制をもたらし、独裁政治への一本道になります。したがって、「代表」を選び出す議会制民主主義そのものの意義を否定することはできません。

 「マニュフェストは国民・有権者との約束である」という主張は、その通りだと思います。そして、「子ども園」や「最低保障年金」の創設など、約束しながら民主党が実行できていない政策が数多くあることは確かです。これら明示的に約束しながら実行できていない政策が多いことは、それこそ「約束違反」で、民主党が批判されてしかるべき点です。

 しかし、マニュフェストに明示的に書かれていないことをやるから約束違反、とは言えません。それでは、マニュフェストに書かれていない政策には一切、手を付けられないことになります。例えば、自然災害という不測の事態があったとはいえ、福島の瓦礫の処理はマニュフェストに書かれていないから約束違反だ、と誰が言うのでしょうか。「やる」とも「やらない」とも言っていない、グレーな部分の判断の余地こそ、マニュフェスト政治において「代表」に委ねるべき部分だといえるでしょう。

 繰り返しになりますが、「明示的な約束」こそマニュフェスト、言い換えれば有権者との契約であるはずで、それを守れなかったことは「約束違反」との批判を免れません。しかし、小沢氏や(主に少数派の)野党から聞こえる「マニュフェストにないことをするのは約束違反」という主張は、「代表」としての自らの立場を放棄するものであり、単に消費税の増税に反対する票を集めるためのレトリックに過ぎないとさえ言えるかもしれないのです。

うたかたの夢としての「1バレル80ドル」

 震災後の日本では、それまで等閑視されてきた多くの問題・課題が俎板に乗ることが増えましたが、エネルギー問題はその典型例の一つです。7月1日の関西電力大飯原発再稼動を目前に、官邸前での15万人規模のデモや各電力会社の株主総会での脱原発を求める声が耳目を集めていますが、一方で海外に目を転じれば、この10日ほどの間に、世界のエネルギー事情を左右する情勢に目まぐるしい変化が生まれています。

6月21日、アメリカ原油先物相場CLc1で1バレル80ドルを割り込みました。これは2011年10月以来、約8ヶ月ぶりのことです。2005年頃から原油価格が100ドル前後で高止まりすることが多くなったことからみれば、これはかなりの下落といえるでしょう。この価格下落には、いくつかの要因があげられます。信用不安に対する懸念からヨーロッパでの需要下落、それに引きずられた、アメリカや新興国での景気減速と需要落ち込み、さらに最大の産油国であるサウジアラビアが欧米諸国からの要請に応じて増産を続けてきたこと、などです。

原発の存続の是非をめぐって国論が二分し、さらに外部の要因で歴史的な円高に輸出産業が苦しむ状況からすれば、この原油価格の下落は一服の清涼剤といっていいかもしれません。しかし、この状況がしばらく続くかは不透明で、場合によってはすぐに反動がくるものとみられます。しかも、その反動の幅は、これまでになく大きなものになる可能性すらあります。

最大の不安材料は、イランへの経済制裁です。核開発を続ける制裁を目的に、アメリカで昨年末に成立した国防権限法の対イラン制裁関連条項が6月28日に発効しました。これにより、イラン中央銀行と取り引きのある金融機関に対して、アメリカ金融機関とのドル取り引きを大幅に制限され、イランに対する経済制裁は本格化しました。28日までに日本を含む17の国・地域が、イラン産原油の輸入削減などの取り組みと引き換えに、適用対象から除外されていましたが、28日に中国とシンガポールも適用対象から除外されました。これはつまり、アメリカによる対イラン経済制裁に、中国もイラン産原油輸入削減によって協力することを余儀なくされたことを意味します。また、7月1日からは、EUも猶予期間を経て、イラン産原油の全面禁輸に踏み切る構えです。イランはOPEC原加盟国で、世界で五指に入る原油の埋蔵量を誇ります。イラン産原油が国際市場に出回ることが難しくなる以上、供給の減少が少なからず価格の上昇圧力になると見込まれます。

シリア情勢の悪化も、これに拍車をかけています。シリアでは首都ダマスカスでも大規模な軍事衝突が発生するに至り、6月26日にアサド大統領が「シリアは真の内戦状態」にあると宣言しました。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の見込みでは、シリアから逃れる難民は、既に脱出したひとを含め、今年中に約18万人にのぼるとの見通しを示しています。シリアの人口が約2000万人ですから、全人口の約1パーセントが国外に逃れる状況は、まさに異常事態です。関係国がシリア問題を議論するために6月30日にジュネーブで開催される「連絡グループ会議」では、アメリカ側の要望を反映してイランの参加が見送られたものの、ロシアや中国がアサド大統領に退陣要求を出すことを拒絶する立場を示すとみられています。シリアでの武力衝突が今後拡大すれば、中東一体の不安定化という懸念(投資家にとっての期待)から、原油相場への資金流入が促されるとみられます。

その一方で、原油価格を押し下げた一つの要因であるサウジアラビアの増産が今後も継続するとみる向きもあります。もともと、原油価格が下がりすぎることは産油国にとって望ましいことではありませんが、上がりすぎても需要の減退を招きかねないため、産油国にとって必ずしも好ましいこととはいえません。サウジアラビアは最大の産油国として、生産量を調整することで世界の原油価格をある程度コントロールする、「
スウィング・プロデューサー」と呼ばれる役割を果たしてきたのです。しかし、今回の増産は、必ずしも原油価格だけを睨んだものともいえません。

サウジアラビアは4月、生産量を日産1000万バレルに大幅に引き上げ、これが原油価格の下落を招いたとして、アルジェリアやベネズエラなどから批判を招きました。6月14日、OPEC(石油輸出国機構)の総会では、加盟国全体で日産3000万バレルの生産目標が合意されましたが、この目標値には強制力がなく、サウジアラビアの生産体制は変化しないものとみられます。原油価格の下落はサウジアラビアにとっても経済的な打撃ですが、他方で最も深刻な影響を受けているとみられるのは、イランです。

イランに対しては、各国が既に原油の輸入制限を行ってきました。しかし、4月までの1バレル130ドル以上という原油価格が、輸出量減少をある程度補ってきたとみられています。ここにきて原油価格が下落したことは、輸出量が今後さらに減少すると見込まれるイランにとっては、死活問題です。

イランは核開発問題だけでなく、シリア問題に関しても欧米諸国と対立しています。一方、サウジアラビアは1970年代から、最大の顧客であるアメリカをはじめ、欧米諸国と友好関係にあるだけでなく、イスラーム過激派を支援するイランやシリアとは相容れない関係にあります。つまり、サウジアラビアの増産体制は、欧米諸国による対イラン経済制裁への側面支援の効果をもっているのです。

のみならず、サウジアラビアの増産による原油価格の押し下げは、シリア問題をめぐる反欧米勢力のもう一つの旗頭、ロシアに対する圧力にもなります。OPECに加盟していないロシアは、OPECの生産量や価格に縛られず、より安価な値段設定を行えることで、2000年代に入って販路を拡大してきました。しかし、OPEC加盟国産の原油価格が下落すれば、それらの諸国以上の減収という事態にも見舞われます。ここでもやはり、サウジアラビアの増産は、欧米諸国を支援する役割を果たしているといえるでしょう。

ただし、サウジアラビアも無制限に増産を続けることはできません。ロイターの報道では、西側外交筋の話として、「サウジアラビアは90ドルを下回る水準でも数ヶ月は耐えられる」と伝えられています。逆に言えば、それを過ぎれば、再び以前の水準にもどる可能性が大きい、ということです。

さらに問題なのは、経済制裁の影響が食糧や日用品の価格高騰といった形で、イラン市民の日常生活にも大きな影響をもたらしてきている、ということです。

経済制裁は両刃の剣
です。必要な物資を枯渇させることで、その対象となった国の対抗心を萎えさせることができると考えられる一方、場合によっては物資の窮乏が市民レベルで制裁実施国に対する敵対心を増幅させ、一致結束させる危険性もあります。太平洋戦争の直前、アメリカが原油や鉄くずの輸出を禁止したことが、結果的に日本の暴発を招く直接的な契機になったことは、その典型例です。つまり、経済制裁の本格化が即座にイランに態度を変えさせる効果を発揮できるかは不透明で、そこに価格下落の影響が加わったとき、イランが「窮鼠猫を噛む」方針に打って出ることも、あながちないとは言えません。シリア国内にとどまらず、中東で大規模な戦闘がはじまった場合、原油価格が高騰することは避けられません。

サウジアラビアは当面、増産体制によって原油価格を押し下げる方針を維持するとみられます。しかし、一方でそれがイランのフラストレーションを高める側面は否定できません。いわば、サウジアラビアが増産に耐え切れなくなるのが早いか、イランが経済制裁と原油安に耐え切れなくなるのが早いか、という二つの導火線に火がついた状態といえます。しかし、いずれにせよ、原油価格が現在の水準で長期間推移するとみることはできません。年内、遅くとも1年以内には、原油価格は従前の水準に戻るであろうことだけは確かといえるのです。


iPad用の電子書籍アプリを作りました![佐門准教授と12人の哲学者]


公式サイト

カレンダー

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728    
<< February 2017 >>

最新エントリー

カテゴリー

アーカイブ

プロフィール

search this site.

sponsored links

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM