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  • 2014.03.05 Wednesday
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Xから小沢一郎先生への手紙

   沢一郎 先生
  

  拝啓


  大変ご無沙汰いたしております。遅くなりましたが、このたびの先生のご決断に敬意を示したく、筆をとりました。


  最近、巷では先生のことを稀代の極悪人のごとくに言う者もありますが、けしからん話です。誰が、一体誰が、三年前の参院選での与野党逆転や、昨年の政権交代を実現させたというのでしょうか。前原のバカたれ先生や岡田の役立たず先生が選挙で負け続け、伸び悩んでいた党勢を一気に盛り返したのは、とりもなおさず先生の手腕によるものです。先生の持論である「神輿は軽い方がいい」という観点から取り立ててやった鳩山のぼんくら先生までが、生意気にも心中を図るなど、民主党は恩知らずばかりです。


  党内ばかりではありません。先生が悪人顔で無表情で喋るのが苦手なのは、今に始まったことではありません。それにもかかわらず、掌を返したようにバッシングを始める国民になど、「民主主義は数」という先生の崇高な理念を理解できるはずもありません。今度のことで、つくづく国民にも愛想がつきました。いっそのこと、岩手県で独立したらいかがでしょうか。酒豪の先生らしく、国名はやはり「イーハトーブ」ならぬ「イーナユドーフ」などはいかがでしょう。


  とはいえ、先生がこれくらいのことで諦めるお方でないことは、重々承知いたしております。よく考えてみれば、先生がお辞めになったことで民主党の支持率がぐっと回復したわけですから、これは何も道に迷ってばかりの菅先生の手柄ではありません。全ては、先生の功績です。もちろん、陸山会の一件が表面化した最初から、参院選目前のこの時期まで、辞任を持ち越してこられたのは、全て支持率回復のための計算ずくだったのですよね。さすがは先生。その読みの深さには、感じ入るばかりです。


  何はともあれ、全ては次回の党首選です。その時こそ、先生のお力を、全ての者に思い知らせる時です。民主党はいまや土台が揺らぐ家屋のようなものです。土建屋の親方よろしく、壊して作り直すのが先生らしいと存じます。陰ながら応援いたしております。


  敬具


  X


Xから菅直人先生への手紙

   菅 直人先生


  拝啓


  大変ご無沙汰いたしております。このたびは、党の国家の浮沈に関わる重大な局面で、先生が重大なご決意をされたことに祝意を示したく、筆をとりました。


  時代の節目となるいま、民主党の党首にふさわしいのは先生をおいてありません。やはり、お遍路さんになっただけの功徳はありましたね。苦節10数年。いよいよ、先生がこの国のトップリーダーになる日が近づいてまいりました。思い返せば、98年、そして04年と、先生が勢いに乗り始めると、ふってわいたように様々な問題が発生し、そのたびに先生は苦渋をなめられたことを、我々は忘れておりません。


  今回の代表戦立候補につき、「二度あることは三度ある」というような陰口を利く者もあります。しかし、それは大きな思い違いです。なぜなら、以前の問題は遺憾ながら明らかに先生個人の責任でしたが、今回は民主党全体の不手際の尻拭いなのですから、全く状況が異なります。その意味では、まったくの貧乏くじですよね。そこのところをわかっていない浅はかなコメンテーターが多くて困ります。


  そういえば、思い出したことがあります。藤井財務大臣が退任されて、先生が副首相と財務大臣を兼務されるようになった頃から、メディアへの露出度がずいぶん減ったように思います。思い返せば、あれは首相や幹事長と距離をとって、現執行部の不手際の共犯にならないための、アリバイ工作だったのですね。さすがは先生。その先見性には、感じ入るばかりです。


  なにはともあれ、時代は先生のものです。宇宙人も酒焼けの親父ももはや問題ではありません。先生の勝利を衷心よりお祈り申し上げます。

 
  敬具


  X

Xから鳩山由紀夫先生への手紙

  鳩山由紀夫 先生


  拝啓


  大変ご無沙汰いたしております。テレビ等で拝見しますと、宇宙人が地底人になったかのような印象を受けるほど、たいそうお疲れのご様子なので、お見舞いを申し上げたくて筆をとりました。


  このたびは、身から出た錆とはいえ、ご心労はいかばかりかと存じます。オバマ大統領をはじめ、社民党も徳之島の住民も、自分の都合ばかりを言って、けしからんですね。あげくに知事のほとんどは自分のところへの移設は拒絶する。先生の掲げる友愛の精神を解さない者らをみるにつけ、腹立たしさでいっぱいになります。それに比べて、先生はやはり育ちのよさがうかがえます。先生は何も自己主張をしておりませんし、自分自身の要求を通しておりませんから。これこそ、友愛精神のなせるわざですね。


  そもそも、自民党政権時代にほったらかしになっていた問題を、先生が提起されたからこそ、これだけ基地問題や安全保障問題が国民の関心を集めたのですよね。現状においてはどうにもならないとわかっていながら、問題提起をした先生の世間知らずの怖いものしらずの勇気について、賞賛こそすれ、非難罵倒するなど、国民も野党もどうかしています。やっぱり、スタンフォード大学で物理学の博士号を取得された先生の高尚な理念は、彼らにはわからないのでしょう。先生、私はわかっております。大丈夫です。科学の進歩に試行錯誤と犠牲はつきものなのですよね。それを身を挺して実行するとは、さすが先生です。


  それにしても、民主党内部からも退陣論が噴出するとは、世も末ですね。しかし、先生ご安心ください。いざとなれば、陶芸三昧の細川護熙先生と同様、湯河原でのんびりと過ごされてはいかがですか。湯河原は星空がきれいですから、天体観測でもして、お仲間の宇宙人の発見でもされるのはどうでしょう。石破先生はUFOに対していかに軍事的に対応するかを考えてきたそうですが、先生はそんな野蛮なことは考えもしませんよね。「話せばわかる」が信条の先生ならばきっと、宇宙人とも理解しあえると思います。


  末筆になりますが、ご苦労が多いことかと存じます。何卒ご自愛くださいますよう、お願い申し上げます。
  

  敬具


  X  

普天間基地移設問題で鳩山政権はなぜ失敗したか その3

   ジックワードという言葉があります。いわゆる「魔法の呪文」です。それを唱えることで、有無をいわさず効果を発揮する言葉です。「抑止」という言葉も、これに類するところがあります。自民党の歴代政権は、米軍による抑止力をいうことで、その駐留の必要性を否も応もなく認めさせてきました。沖縄県を訪れた鳩山首相も、最終的にはこのマジックワードを用いることで、手詰まり状況を脱しようとした点で共通します。


  「抑止」という概念は、冷戦時代に米ソの両超大国がなぜ武力衝突に至らないかを説明する「核抑止論」から生まれました。核兵器を備えていることで相手は攻撃を躊躇する、なぜなら仮に攻撃したなら自らも核攻撃を受けることになる、だからお互いに先制攻撃はできない、つまり「核の均衡による安定」という理論です。ここから派生して、「抑止」は現在では軍事力全般について用いられる用語になりました。自らの各兵力をわざと見せ付けることで、相手の合理的判断に訴えかけ、攻撃の意思をもたせないようにすることを「軍事力の抑止機能」と呼びます。


  しかし、マジックワードは、その言葉を発することと、その効果の間にある因果関係を明確に確認することはできません。「ひらけゴマ」ということで、なぜ扉が開くかは、説明できません。「米軍の抑止力」という言葉も同じで、米軍が駐留しているということと、そこに抑止力が発生しているということを、明示的に確認することはできないのです。抑止論者は米軍とくに海兵隊のプレゼンスが中国や北朝鮮に対する抑止力に不可欠だと主張します。しかし、「中国や北朝鮮が日本に攻撃してこないこと」を「米軍が駐留していること」とイコールで結びつける根拠は何もないのです。


  もちろん、日米安全保障条約があることは中国や北朝鮮に対して、少なくともこれまでは「抑止力」をもってきました。とはいえ、仮に日米安保が充分機能するのであれば、別に沖縄あるいは日本に部隊が駐留し続けなければならない必然性はありません。つまり、仮に日本に駐留していなくても、有事の際に米軍が間違いなく反応するのであれば、そしてそれが誰の眼にも明らかなのであれば、中国あるいは北朝鮮がなんらかの軍事攻撃を仕掛けることに歯止めをかける効果があります。したがって、米軍あるいは海兵隊の駐留を「抑止力」の観点からのみ正当化することは、論理的に整合性を欠くものといわざるを得ないのです。


  この観点から、「もし仮に」日米安保を半永久的なものにするという前提に立つなら、必要なことは在日米軍の現状維持ではなく、日本の必要性をアメリカに認知させると同時に、有事の際に間違いなく同盟が機能するという関係性を構築することです。米軍の駐留を認め続けることでしか日本の有意性をアメリカに認めさせられないならば、それは政府の不作為というものなのです。


普天間基地移設問題で鳩山政権はなぜ失敗したか その2

   山政権のもう一つの失敗は、地元住民の理解を得られなかったことです。移設候補地となった徳之島で起こった反対集会は、正式な事前協議がなく、マスメディア経由で政府が徳之島案を検討していることを知ったことへの不満の表れでした。しかし、基地をめぐる運動の噴出は、単に調整不足というだけでなく、鳩山政権あるいは民主党のもつ「民主主義に親和的」という特性にも起因する側面があります。


  私が暮らす横須賀は、もともと米軍施設があり、それによる恩恵を受けている人が少なくありません。しかし、それでも米軍に対する反感を持つ人も少なくありません。まして米軍基地がなかった自治体では、基地受け入れに対する拒絶反応も強いことでしょう。ただしその場合、現状の日米同盟そのものを容認するならば、結果的に沖縄に在日米軍の75パーセントが集中するという状況を肯定することになります。つまり、「安全保障上、米軍は必要だが、自分たちのところに基地はいらない」という論理になります。


  コストを負担せず、ベネフィットだけを享受する行動パターンを「ただ乗り(free riding)」と呼びます。徳之島の人々を「地域エゴ」の塊のようにいう人もあります。しかし、米軍基地だけでなく、原子力発電所などに関しても、国民のほとんどは「ただ乗り」を決め込んでいます。個人の利得を第一に考えた場合、「ただ乗り」は極めて合理的な選択です。しかし、全員が「ただ乗り」をし始めたら、全体の底が抜けます。この場合、誰も米軍基地を受け入れないということになります。


  人々が自らの利益に基づいて政治的な行動を起こせるようになるほど、「ただ乗り」は顕在化しやすくなります。言い換えれば、民主主義は「ただ乗り」を招きやすいのです。このこと自体は、民主主義に必要なコストといえるかもしれません。しかし、民主党はマニュフェストの導入に象徴されるように、日本の民主主義をより進化・深化させようとしてきました。であるならば、民主化を促して「ただ乗り」を促進したことで、民主党は自縄自縛に陥ったということができます。


  しかし、個々の人々の意見によって左右されるなら、国民の代表たる政治家はいらないということになります。大枠の方向性を提示し、そのために個々の利害を調整することが、現代の民主主義国家における政治家の役割です。「国外、最低でも県外」という方針を示しながら、そのための利害調整が不充分であったことは、「頼めば何とかなるだろう」くらいに思っていたとみられても仕方ありません。個々の意見の噴出を促した一方、それをハンドリングしきれなかったことが、鳩山政権の第2の失敗であったといえるのです。


普天間基地移設問題で鳩山政権はなぜ失敗したか その1

   天間基地の辺野古移転が確実となりました。くい打ちで環境に配慮するということですが、ことここに至っては誰がどう贔屓目に見たとしても、普天間基地移設問題に関する鳩山政権の失敗は明らかでしょう。その責任が極めて大きいことはいうまでもありませんが、それでは鳩山政権はなぜ失敗したのでしょうか。今回は、対米関係からこの問題を考えます。

  
  鳩山政権は樹立当時から「より対等な日米関係」を掲げてきました。その一環として、普天間基地の辺野古移転を拒否したのですが、当初からアメリカ政府は難色を示してきました。アメリカ政府は「現行案が最上のもの」という姿勢を崩しませんでしたが、それ以前に、見直し作業そのものが手間のかかるものだったことも見逃せません。会社などで考えても、一旦合意していた内容を見直すといった場合、相手側にはそれなりの見返りが期待できなければ、面倒くさいばかりで受け入れられにくいことは言うまでもありません。つまり、アメリカにしてみれば、そもそも現行案を変更しなければならないインセンティブがほぼ皆無だったと言えるでしょう。

  
  対米関係において鳩山総理の最大の失敗は、アメリカに見直しを同意させる「梃子」を用意していなかったことです。「提案すればアメリカは聞いてくれるだろう」くらいに思っていたのかは定かでありません。しかし、以前にも述べたように、日米同盟において日本は基本的にジュニア・パートナー以上のものでありません。この構造的弱点を補う、例えば中国と思い切り接近するなどの手段を用いずに提案しても、アメリカ側が呑まなければならない必然性は何もありません。


  「日米同盟は維持する。そのなかで日本の発言力を向上させる」というのであれば、応分の負担や貢献をアメリカに認めさせなければ、それは困難です。しかし、鳩山政権による外交は、その点において逆効果をもたらしたのです。インド洋での給油活動を止めたことや、東アジア共同体の提唱は、それ単体でいえば平和外交あるいはアジア重視の外交を印象付けるものでしたが、アメリカに譲歩させるというよりは、単にアメリカの神経を逆なでするだけのものに留まりました。


  平和外交も、アジア重視の外交も、その価値自体を否定するものではありません。また、現代の外交では理念や価値観といった「ソフトパワー」が大きな力を発揮することも確かです。しかし、それは誰かに依存しながら発したのでは、仕送りを貰いながら社会変革を訴えたかつての大学生と同じで、相手の理解を得にくいといえるでしょう。安全保障分野における米軍依存を減らすか、あるいは米軍に日本の安全保障上の重要性を認知させるか、いずれかをせずに要求だけをしたことが、鳩山政権の対米交渉を困難にし、今回の失敗に繋がった一因なのです。

(続く)


衆議院内閣委員会の「強行採決」について

   12日、衆議院内閣委員会で、国家公務員法改正法案が民主党の賛成多数で可決されました。野党三党は、自民党小泉進次郎氏の発言が打ち切られての採決を「強行採決」と批判し、田中慶秋委員長の解任を求めましたが否決されています。決議をめぐる一連の出来事について、「自民党が言えた義理か」という批判も当然あり得ますが、他方で「自民党のやっていたのは強行採決で、我々のはそうでない」という民主党の主張も理解できません。それはつまり、何をもって「強行採決」と呼ぶかの恣意性に問題があるのです。


  いわゆる「強行採決」は、安倍政権のもとで広く行われ、当時野党だった民主党やマスコミがこぞって批判しました。しかし、与党が野党の反対を押し切って採決をすることを「強行採決」と呼ぶことに、以前から違和感を感じていました。衆議院規則第68条では、「委員長は、委員会に諮り質疑、討論その他の発言につき、時間を制限することができる」とあります。すなわち、採決までの時間を決めることは委員長の職権に委ねられているのです。


  今の自民党であれ、かつての民主党であれ、採決に反対する野党は、「審議が尽くされていない」と主張して、採決の不当性を強調します。つまり、「自分たちが反対しているのに採決をした与党はけしからん」というのです。ここで単純な疑問として、それではいつまで時間をかければ、「議論が尽くされた」と判断されるのでしょうか。あるいは、それは誰がそのように判断するのでしょうか。いつの時代も、与党は時間を短く、野党は長くしたがるでしょう。その意味で、松本大輔議員が正当化の根拠とする「45時間」が充分か不充分かに明確な基準がないことは、明らかです。


  多数者が常に正しいわけでないことは、言うまでもありません。しかし、正しいか正しくないかは、この際問題ではありません。決議を行って多数者の意思に従うこと自体が、全体の合意すなわち「ゲームのルール」であるはずです。仮にその決定が正しくなく、弊害が後に明らかになれば、それをもって野党は与党を追及すればよいのであって、そのために定期的な政権交代の必要性があるのです。どうしても、というのであれば、衆議院規則に「最低・・・時間の審議を要する」といったルールを策定したほうが、よほど明確だと思います。


  手続きにのっとって採決を図る委員長を取り囲んで抗議・妨害することは、「全員が納得できなければ決めるべきでない」という日本の慣習に即したものかもしれません。しかし、そこに選挙を念頭に「抵抗する野党」のイメージ化を図るショー、あるいはパフォーマンス以外の意味を見出すことはできません。そして、何度もそのシーンを取り上げ、肝心の採決された法案についてほとんど伝えないマスコミも、こういう「田舎芝居」を続けさせる共犯ということができるでしょう。


普天間基地移設問題の深淵

   天間基地の移設問題は、鳩山政権が支持率を低下させた一つの原因です。「国外、最低でも県外」と明言したものの、アメリカ側との交渉がうまくいかず、結果的に鹿児島県徳之島と辺野古に分散させる方向で最終調整に入っていると伝えられます。当初の方針との齟齬は明らかで、「公約違反」の謗りは免れないでしょう。しかし、この問題は「鳩山首相のリーダーシップの欠如」といった話に矮小化せず、アメリカとの同盟関係と結びつけて考える必要があります。将来的な日本の安全保障に関して、選択肢は大きく分けて四つあると思います。


  第1に現状の維持、つまり日米安全保障条約の片務条約という構造を変化させず、アメリカのプレゼンスに依存するというもの。平成22年度の防衛関係費は4兆6826億円。このうち、在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)は1869億円。防衛関係費の約4パーセントで、アメリカ軍のプレゼンスを「買っている」のです。これが戦後の「経済成長・軽武装」を可能にしたわけですが、他方でアメリカの影響力を強く受ける土壌と、沖縄県を踏み台とする環境を作っていることも見逃せません。


  第2にアメリカとの同盟関係を前提に、より対等な関係を目指すというもの。いまの鳩山政権は、この立場です。しかし対等な関係を目指す場合、日米間の負担割合を変更する必要があります。極端なことをいえば、日本にもアメリカ防衛の義務を課す「双務条約」にするなどの変更をしないかぎり、「対等な関係」はあり得ません。しかし、その場合、イギリスのように米軍の行くところ常に行動を共にするくらいのことをしなければなりません。そこまですることは、逆に日本にとって百害あって一利なしというところでしょう。


  第3に日米同盟を解消し、自衛隊もできるだけ縮減するという立場。かつての社会党や共産党が掲げた「非武装中立」路線です。とはいえ、中国が軍事費を増大させ、北朝鮮が核武装に踏み切るなか、丸腰でいれば攻撃されないと考えるのはナイーブに過ぎるでしょう。その意味で、これが最も非現実的といえます。


  第4に日米同盟の解消あるいは変更により、在日米軍基地を縮小・撤廃し、代わりに自前の国防力の拡充を図るというもの。これはコストのかかる話ですし、さらに米軍のプレゼンスに並ぶ防衛力を独力で確保することは、どうあがいても不可能でしょう。しかし、常に相手より勝っていなければ安全が守られないというものでもありません。「手を出せば自分も痛い目を見る」と相手に思わせることができる力を備えていれば、それで抑止力は成立するのです。


  この観点からいうと、沖縄県の過剰負担を軽減し、同時に対等な日米関係を目指すならば、最終的な手段としては日米同盟そのものを破棄して、自らの国防力を拡充するしかありません。とはいえ、これを狭隘な国粋主義に陥らせないことが必要ですし、アメリカと比較した場合、透明性が低い点から中国など「大陸勢力」がより一層信用できないことも確かです。その意味で、いわゆる「西側」に留まりつつ、安全保障上の独立性を確保することが望ましい、といえるでしょう。

新党ブームに対する可能な限り好意的なひとつの解釈

   舛添要一氏が自民党を離党しました。思えば3月15日の鳩山邦夫氏の自民党離党を引き金に、「立ち上がれ日本」、「創新党」、「大阪維新の会」ときて、今日の舛添氏で一区切りがつきそうです。一連の動きを振り返ったとき、それぞれの新党はいずれも自民党離脱者により結成されたものであり、今回の新党ブームは「自民党の空中分解」を印象づけるものです。


  「政治とカネ」を皮切りに、普天間基地の問題や高速道路問題をめぐって民主党の支持率が急落するなか、自民党の支持率が一向に上がらない状況は、なぜ生まれたのでしょうか。最も大きな要因は、新執行部の体制にあると思います。それは、谷垣総裁個人の問題というよりも、その就任プロセスで党の再生を訴える河野太郎氏が、主流派から露骨な嫌がらせを受け、自民党大敗の原因と真摯に向き合おうとしていない印象を与えたことに元凶といえるでしょう。安倍、福田、麻生の各氏が選挙対策として党内一致して総理・総裁となりながら、すぐに足の引っ張り合いになったことを、彷彿とさせます。いわば、自民党の構造的欠陥がついに限界を迎えた、ということでしょう。


  その意味で、間近に迫った参議院選挙で「自民党では勝てない」と判断して離脱する人が現れることは、不思議ではありません。その結果、大きな政策上の相違は、自民党と各新党の間に見受けられないことも、不思議ではありません。しかし、その状況は「政治的企業家(political entrepreneur)」という言葉を思い出させます。政治的企業家とは、「新たな政策・計画の立ち上げを図る者」、「補助金など政策によって利益を得る企業家」のほか、「自らのキャリアや人気のために向こう受けのする政策を打ち出す者」という意味があります。新党の結成というと、マスコミは勝手に集まってきて取り上げてくれます。真面目に仕事するより、そっちの方が手っ取り早く知名度と高感度をあげられることを選択した、というと言い過ぎでしょうか。


  政治家にとって最も合理的な選択はなにか。合理的という言葉を「最も大きな利益を実現させること」と解釈すれば、それはよい国をつくることでも、よい政策をつくることでもなく、次の選挙で当選することです。泥舟となった自民党に見切りをつけて出て行くことが自らの利益に適うと判断すること自体は、個人の利益を考えればごく自然なことです。この観点からすれば、民主党から同調者が出ないことも不思議ではありません。先に不安があるとはいえ、大企業の社員からフリーになることは、よほどの採算がなければ難しいことでしょう。ただし、今のまま参議院選挙に突っ込めば、民主党からも多数の討ち死にが出ることは必至です。


  以前に書いたように、政権交代が実現した日本に、次に必要なのは政界再編です。一元的な正義が想定できない以上、それぞれの政治家がそれぞれの主張を展開し、共通項の多い者が政党を形成し、国民もそれを自らの立場で選択すること自体が、民主主義の基本です。そのためには、短期的な政治の安定より、対立軸を鮮明にした政党の再編、いわゆるガラガラポンが望ましいのです。独占企業であることに依存する民主党議員からどれだけの離脱者が出るかが、その鍵になります。その意味では、民主党が不手際を重ねてますます支持率を下げていけば、離脱者を生みやすく、本格的な政界再編の可能性を高めます。この観点から、民主党の支持率低迷と山師のような政治的企業家が続出する状況は、彼ら自身に対する期待というより、日本政治の再生を促す導火線になり得るものといえるでしょう。


日米の民主党は社会主義政党なのか

   メリカで健康保険制度の設立を定めた法案が下院を通過しました。これで、アメリカは公的な健康保険制度がないという先進国で稀な立場から脱却することになりました。政府による国民生活への規制を嫌う風潮が強いアメリカで、これは画期的といっていい出来事です。ところで、オバマ政権と我が国の民主党政権に共通する点として、貧困層・低所得層への再分配を志向する方向に舵を切り、それによって国内の反対派から時に「社会主義的」と批判されることがあげられます。


  「社会主義的」という批判は、きわめてイデオロギー的なものであり、極端なことをいえば「社会主義的で何が悪いのか」がはっきりしません。しかし、それ以前に、日本やアメリカが「社会主義化」することは、少なくとも現段階において想定することはできません。現政権に批判的な人たちの言いたいのは、再分配の増加とそれにともなう財政赤字肥大化の危機だと思います。しかし、これは社会主義とは異なります。議会制民主主義の枠内で、資本主義経済を容認しつつ、「結果の平等」を志向する政策の実現を図る立場は「社会民主主義」であり、両者は似て非なるものです。


  言葉の厳密な意味において、「社会主義」とは「生産手段の私的保有を禁止すること」を指します。生産手段とは、土地や企業、さらにその設備などを意味します。したがって、私有財産が別段没収されているわけでないので、「社会主義的」という批判は、根底から誤っていると言わざるを得ません。あるいは、郵政民営化の見直しを批判しているのかもしれませんが、これも同じことです。郵政事業会社は確かに民営化されましたが、株式の全てを政府が保有しています。既に市場に株式が上場されているJRやNTTの事業形態を見直すのとは、わけが違います。


  念のため断れば、私は民主党支持者でも社会主義者でもないし、郵政民営化にも反対していません。消費税の引き上げも、近い将来において不可避だと思っています。ただ気になるのは、乱暴な言葉の使い方で相手を批判する姿勢がまかり通る風潮が、洋の東西を問わず見受けられることです。これは恐らく、現代人の思考する時間が短くなっていることを意味すると思います。情報の伝達が早く、それに対するレスポンスをすぐに返せる環境にあって、沈思黙考することは時代にそぐわないのかもしれません。しかしそれが、誰とは言いませんがマスメディアで放言している人物を「はっきりものを言う」といった形容で、なぜかプラスに評価される背景になっているのでしょう。


  古代ギリシャでは個性の発揮が良とされ、それがあらゆる分野での競争を生みました。競争は、ギリシャに他では見受けられなかったほどの文明の発達をもたらしました。しかし、過度の競争は相互の敵愾心と嫉妬を増幅させ、ギリシャ人は時代を追うごとに不機嫌になっていったといわれます。かつて自立的な市民による自治と民主政を誇ったギリシャで詭弁家が力をもち、ついに文明が滅んだことを、我々は忘れるべきでないと思います。どの政治的立場を支持するにせよ、もっと考えてから発言しろと思う今日この頃なのです。



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