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  • 2014.03.05 Wednesday
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中国と北朝鮮:綱渡りの綱はいつまでもつか

   ールドカップに世界中の関心が集まるなか、朝鮮半島をめぐる国際情勢は相変わらず緊迫しています。韓国海軍の哨戒艦沈没事件を非難する国連安保理の文書作成に、これまで冷静な対応を求めていた中国が、ついに参加し始めました。ただし、これで万事がスムーズに進むとは思えません。


  1950年に勃発した朝鮮戦争で助けて以来、中国は北朝鮮と「血で結ばれた」同盟と呼ばれる友好関係にあります。近年では、国際的な経済制裁が敷かれる北朝鮮に対して、多くの中国企業が進出しています。しかし、核・ミサイル開発をめぐる北朝鮮の「瀬戸際外交」は、中国にとってもはた迷惑な話です。アメリカや日本による北朝鮮批判を牽制することは、ひとえに大国としての「面子」以外の何物でもありません。経済が停滞する北朝鮮を庇うことで得られる実質的な利益はほとんどなく、むしろその核武装は合法的核保有国である中国にとっても好ましくないものです。


  とはいえ、いまさら掌を返したように北朝鮮批判にまわることは、まさに大国の面子にかかわる問題ですから、それもできません。今回の非難文書作成に関して中国は、哨戒艦沈没に関する調査結果の是認と北朝鮮への非難に抵抗している模様です。つまり、非難すべきは沈没事件そのものである、という立場のようです。要は北朝鮮を公式に非難させない、その一方でアメリカや日本の制裁感情を満足させるという、一石二鳥を狙った綱渡りのような方針です。


  そのため、最終的な非難文書は恐らく、法的拘束力の強い安保理決議でなく、議長声明の形式になる公算が大きいようです。その意味で、米中間の妥協の産物という側面は否めません。しかし、今回の哨戒艦沈没事件は北朝鮮によるあまりに露骨な挑発行為であることから、既に述べたように中国のスタンスにも従来の擁護一辺倒からのシフトがうかがえます。ですから、少しずつ北朝鮮包囲網が狭まっていることは確かのようです。


  ただし、それが果たして吉と出るか凶と出るかは定かでありません。最大の擁護者である中国のシフトは、北朝鮮を観念させる可能性とともに、逆にさらなる暴発に向かわせる契機を内包しているからです。したがって、中国のスタンスを安易に批判するだけでは、朝鮮半島の緊張緩和にとって、むしろ逆効果になる可能性すらあるのです。


韓国軍哨戒艦沈没事件の推移と中国の立場

   国軍の哨戒艦沈没を調査していた国際合同調査団が、北朝鮮の潜水艦から発射された魚雷によって沈没したと断定する調査結果を発表しました。現場から回収された魚雷の破片が、北朝鮮製のCHT-02Dと一致したことが、その根拠とされています。また、北朝鮮の小型潜水艦が当時、現場海域にあったことも確認されています。これらから北朝鮮の潜水艦による魚雷攻撃によって沈没したことは、ほぼ間違いないようです。これに対して、北朝鮮は調査結果をでっちあげと批判し、「全面戦争」の可能性も警告しており、朝鮮半島は一気に緊迫の度合いを強めています。事件の推移を以下で確認します。


  今回の危機は、3月26日に韓国軍の哨戒艦「天安」が黄海上の南北国境付近で沈没し、乗組員46名が犠牲になったことに始まります。原因を調査していた韓国当局は、当初北朝鮮の関与に疑問を呈していましたが、4月16日に外部爆発による沈没の可能性が高いとの見解を示し、このころから急速に韓国メディアでも「北関与説」が強まったのです。当の北朝鮮は、翌17日に国営の朝鮮中央通信社が関与を否定する文章を発表しました。爾来、一貫して、支持率に伸び悩むイミョンバク政権による「でっちあげ」との主張を崩していません。


  その後、北朝鮮は中国への接近を図っています。上海万博の開催に合わせて、5月3日には金正日総書記が中国を4年ぶりに訪問しています。6カ国協議議長国である中国が金総書記を受け入れたことに韓国からは批判と不満が噴出しましたが、5月5日に北京入りした金総書記は、翌6日には早々と北京をあとにしました。このとき、中国の温家宝首相は金総書記に対して大規模な経済支援を断っていたことが、後に発覚しました。昨年5月に2回目の核実験を強行した北朝鮮に対して、国連安保理が翌6月に制裁決議(1847号)を採択し、中国も賛成に回っていたことが、その背景にあります。


  中国が北朝鮮と距離をとり始めた一方、アメリカは北朝鮮への強硬姿勢を強めています。4月6日にアメリカ政府が発表した核戦略の指針「各体制の見直し(NPR)」では、核拡散防止条約(NPT)を遵守する非核国に対する核の先制攻撃を放棄することが明記された一方、ゲーツ国防長官は「イランと北朝鮮に対してはあらゆる選択肢が存在している」と別枠で扱う姿勢を強調しました。5月10日、アメリカ国務省のスタインバーグ副長官は、天安沈没の原因を徹底的に究明することを明言しました。これを受けて、アメリカ、スウェーデン、オーストラリアなどの専門家による検証が行われ、今回の発表に至ったわけです。


  今後の推移は予断を許しませんが、一つ確実なのは、北朝鮮が孤立の度合いを強めていることです。「血を分けた同盟国」である中国は、長年に渡って北朝鮮の尻拭いをしてきましたが、今回は冷静な対応を各国に求めているものの、表立って擁護する意見は吐いていません。北朝鮮が昨年の核実験強行で、その自制を求めていた中国の「面子」を壊したことが、決定的であったようです。ただし、今後制裁が強化され、北朝鮮が孤立の度合いを深めれば、再び核実験を強行するなどして、国際社会への恫喝に向かわせることになると考えられます。対話機会を求めて恫喝を始めたとき、国際社会への手づるとして、再び中国の重要性が高まることも容易に想像されます。その時に備えて、中国は「一旦突き放しておけば、あとで北朝鮮に対するコントロールが効きやすくなる」という目算があるように思われるのです。


タイの騒乱を加熱させたもの

   治においては、理念の実現や利益の確保のために、異なる利害関係者がいかに妥協を図れるかが、重要なポイントになります。1970年代、軍政下のラテンアメリカ諸国では、政権側と民主化運動側がそれぞれ、自らの致命的な利益を侵害しない程度に妥協を重ねることで民主化を実現しました。例えば、民主化運動側にとっては選挙の実施が最優先課題であり、それを確実なものとするために、軍事政権関係者を後で訴追しないことを確約するなどしました。これと比べると、今回のタイの騒乱は、利害関係者の間で妥協の形成に失敗した結果ということができるでしょう。


  5月11日、アビシット首相は以前に提示していた、11月に総選挙を実施するといった妥協案を撤回することを、バンコク市内を占拠する「反独裁民主統一戦線(UDD)」、通称赤シャツ派に通達しました。この妥協案は抗議活動の停止などを条件としており、赤シャツ派は原則的にこれに同意したものの、治安部隊出動にともなう死傷者の発生に関する責任を追及するため、首相・副首相が警察当局に出頭することなどを、後になって要求を増やしました。特に赤シャツ派は、鎮圧の責任者である副首相に過失致死などの罪が課されることを求めていました。度重なる追加要求に、アビシット政権の堪忍袋の緒が切れた、といったところです。


  アビシット首相による妥協案の撤回は、政権よりむしろ赤シャツ派にとって痛手となるものです。交渉を壊したのが赤シャツ派という印象を与えかねないからです。繰り返しになりますが、自らの致命的な利益を侵害しない程度に妥協を重ねることで、合理的な交渉は成立します。全体を混乱に陥れないために、妥協もときに美徳となるのです。赤シャツ派は譲れない最低限の利益を確保することで目的を達成するという合理的な行動がとれなかったようです。合意が成立した後に、さらに相手側に不利な要求を重ねたことは、わざと交渉決裂を図ったのかとすら疑わせます。


  以前にも書きましたが、赤シャツ派はアビシット政権への反感のみを求心力とする寄り合い所帯で、なかにはいろいろな勢力がまぎれています。5月13日に頭部を銃撃されたカティヤ陸軍少将は、タクシン元首相を支持するグループを主導し、赤シャツ派による暴動を指揮していたといわれます。このような強硬派が、交渉に応じようとする穏健派との路線の差異をもたらしたと考えられます。その銃撃には軍の関与が疑われていますが、一方でカティヤ少将が徹底抗戦を主張したことがアビシット政権との妥協を難しくしたことに鑑みれば、赤シャツ派幹部による意思が働いた可能性も皆無ではありません。


  いずれにせよアビシット政権は、現地時間17日午後3時までに占拠地域にいる女性、子供、高齢者に退去するよう求めており、その後に本格的な強制排除に乗り出す姿勢を強めています。物心ともに形成が不利な赤シャツ派は、このところ国王国連に対して仲介を求めていますが、いずれも政府の拒絶もあって実現していません。今後の見通しはいまだ不透明で、もちろん一方の当事者であるアビシット政権側にも農村の不満を招いた責任は逃れられませんが、少なくとも一旦生まれかけた妥協をご破算にして、多数の死傷者を出す契機を生んだ点で、赤シャツ派の責任は重いといえるでしょう。
 

タイの混乱は収まるか

   イの政府と反政府派の衝突が重要な転換点を迎えました。4日、アピシット首相の総選挙実施に関する提案を、現政権に批判的なタクシン前首相派のリーダーが受け入れました。アピシット首相の退陣と総選挙を求めてきたタクシン派にすれば、当初の目的を達成できたかに見えます。さらに、以前から述べてきたように、国王の介入なしに事態の収拾が図られたことは、長期的なタイの民主化にとって好ましい兆候といえるでしょう。それでは、これでタイの混乱は収まるのでしょうか。決してそのようには思えません。


  アピシット政権とタクシン派の間に、利害の不一致と相互不信があることは、いうまでもありません。そのなかで、当初は協議があり得なかった双方が歩み寄ったのは、いわゆる「チキンゲーム」の原理です。ジェームズ・ディーンの「理由なき反抗」で有名になったこのゲームは、崖あるいは壁に向かってそれぞれ自動車で突っ込み、先にブレーキを踏んだ方がチキンすなわち腰抜けと呼ばれます。やり方としては、この他に二台の自動車が正面から突っ込む、というやり方もありますが、基本的には同じことです。


  お互いに、できれば先にブレーキを踏みたくない、あるいは道を譲りたくないけれども、そのまま突っ込めばお互いにとって最悪の事態が発生します。この場合は、観光客の減少や死傷者の増加などのリスクです。タクシン派なかでもその指導的な立場にあるひとにしても、このような損失が出る状態を続けることは、仮に今後、政権を奪還できたとしても、第三者から好意的に受け取られないことは周知のはずです。その意味で、今回のアピシット首相の提案は、振り上げた拳の落としどころを探していたタクシン派にも、ブレーキをかけさせるよいタイミングだったと思います。


   しかし、先ほども言ったように、双方が仲良くなったわけでは決してありません。ですから、お互いに総選挙を実施するという最低限の合意事項のなかで、できるだけ自らの優位を確保しようとすることは明白です。例えば、政府側は現職の有利を生かして、自らに都合の良いタイミングで議会を解散したり、恣意的な選挙運営を実施する可能性もあります。現に、タクシン派のリーダーの中には、そのような懸念を既に示しているひともあります。逆に、反政府派はこのような事態が発生した場合、再び路上占拠などの直接的な手段を用いて、政府を批判することになりかねません。


  特に大きな課題は、双方の末端部分の人々を、それぞれどの程度コントロールできるかということです。アピシット政権そのものが指示しなくとも、政権支持派による「自発的な」妨害行為などが発生した場合、双方の緊張は再び高まります。また、基本的に寄り合い所帯のタクシン派は、リーダーに従うような明確な指示命令系統を備えているとは思えません。ちょっとした対立が、双方の疑心暗鬼を再び爆発させ、事態収拾のプロセスを逆行させる可能性は大きいといえます。少なくとも、双方の指導部が納得できる選挙プロセスを実現し、それぞれが末端にまでその合意内容を遵守させることができるか、が今後の課題です。しかし、相互不信に陥った両者の間でそれを実現させることは、現状において困難と言わざるを得ないのです。


中国:専制の風土と福祉国家化

   NHKの「クローズアップ現代」で、中国社会の変容について取り上げていました。経済成長最優先でやってきた中国はで、都市化や核家族化によって高齢者が取り残され、孤独死も頻発。そのなかで、福祉ボランティアやNPOなど新たな活動が生まれつつある、という内容でしたが、なかでも興味深かったのは、行政が一人暮らしの親への孝行を子供に「契約」させる、という上海の事例でした。親孝行が一般的に良いものであることに異議はありませんが、それを行政が子供に約束させる点は、いかにも中国的です。

  文明論的には、中国には専制の風土がある、といわれます。歴史的に中国では、皇帝による絶対的な支配が歴史を通じて形成されましたが、あまりに広い国土の末端に至るまで、その支配を貫徹することは不可能でした。その結果、それぞれの村は半ば独立した世界で、中央から派遣される役人はその実態をほとんど把握できず、実際には土着の有力者による支配が一般的でした。いわば、国家と社会が別々に存在したのであって、個々人は宗族と呼ばれる父系血縁集団以外に結合力をもたなかったのです。近代中国の始まりである辛亥革命を指導した孫文は、中国人を指して「散砂」つまりさらさらと零れ落ちる砂と表現して、その無組織性を指摘しています。

  個人と社会あるいは国家との一体性が高ければ、支配はより緩やかになるといえます。公的な組織への一体感があれば、四六時中監視されていなくても、反社会的な行為は起こりにくいからです。かつての日本は、まさにそうだったといえるでしょう。しかし、個人がバラバラであるほど、その統治はより強権性を帯びることになります。中国の警察や司法が厳罰主義であることは、先日の邦人処刑からも明らかです。それは、あまりにバラバラな社会をまとめあげるために、中国歴代王朝が用いた手法を意識的にか無意識にか継承したものなのです。親子間の契約という異様な行為も、中国における個人主義と専制の風土からすれば、さしておかしなものでないといえるでしょう。

  繰り返しになりますが、個人主義が強いがゆえに専制が不可欠な社会、というのが中国の遺伝的特徴です。その意味で、中国で共産党一党支配体制が生まれたのは歴史的な必然といえるでしょう。その一方で、先ほど触れたNPOのように、従来みられなかった活動が生まれつつあることは、中国社会の変容を示しています。もちろん、政治的な活動は規制の対象で、NPOの活動は政府の機能を補完する役割に、ほぼ限定されています。しかし、独立的な主体による公的な活動の興隆は、長期的には中国をより開放的な社会にする一因となるでしょう。

  その一方で、福祉の充実は中国政府にとっても差し迫った課題です。一人っ子政策の影響で、上海では10年後に60歳以上の人口が3分の1を占めることになるといわれます。ハイスピードで高齢化が進む社会にあって、夫婦2人で4人の親の面倒を見なければならない子供世代には、負担が大きくのしかかります。民主的でない中国では、国民の生活をよくすることで共産党・政府がその支配を正当化してきました。改革・開放後、国民に経済成長の恩恵を与えてきた共産党・政府は、その支配を継続するためには、次に社会福祉の拡充に向かわざるを得ないのです。それに失敗した場合、国民の間に潜在化している不満は、より噴出しやすくなるといえるでしょう。


タイのクセは直るか

   イでタクシン前首相支持者によるデモ隊の一部が暴徒化し、日本人カメラマン村本博之さんが銃弾に倒れました。タイ政府は「実弾を使用していない」と主張していますが、治安機関が撃った銃弾か、武器を奪った反政府デモ隊によるものなのか、今後の事実解明が期待されます。いずれにせよ、村本さんをはじめ、亡くなられた方に哀悼の意を表したいと思います。

  政治あるいは民主主義には、その国ごとにクセのようなものがあります。肩などを一度脱臼した人が、それがクセになりやすいように、一度発生したことは、何度も起こりやすくなります。例えば、韓国では政権が変わるたびに前大統領の汚職などが厳しく追求され、定期的に国内を二分する対立が発生しています。タイの政治の場合には、政権担当者の退陣と選挙の実施を求めたデモが暴徒化し、治安機関との暴力的な衝突に至ることが頻繁にあります。これがタイの政治あるいは民主主義のクセということができるでしょう。

  タイのデモと暴動が発生したのと同じ頃、中央アジアのキルギスでは政府を批判する人々が大統領官邸などを占拠し、バキエフ大統領は追放され、暫定政府が樹立されました。キルギスの場合、それまで抑圧されてきた人々の不満が一挙に暴発し、大統領をはじめとする政府要人を捕らえ、政治体制そのものの転換を図るものになりました。一種の革命といっていいでしょう。これに対して、タイの場合は王制や議院内閣制などの政治体制そのものの転換は求めておらず、その枠内で政府の交代をめぐる暴力的な衝突に至る、というものです。いわばキルギスで真剣での切り合いが行われたとすれば、タイの場合はグローブをつけた殴り合いが頻繁に行われている、といえるでしょう。
 
  このタイのクセが生まれた背景には、二つの原因をあげることができます。一つには、タイでは政治的な自由が比較的認められていることがあります。例えば中国など政治活動が非常に厳しく制限されている国では、このような事態はなかなか発生しません。しかし、いったんそれが起これば、キルギスのように全てがひっくり返る事態に行き着きます。逆説的ですが、政治的な自由が認められていることが、政府に対する不満を実際的な行動で表現することを可能にしており、それが普段の生活苦なども相まって、往々にして行き過ぎる背景になっているといえるでしょう。

  もう一つは、国王の存在です。過去においても、政治的な対立が暴力的な衝突にまで至り、国内が混乱を極めたとき、国王が仲介に乗り出して事態を収拾するというパターンが、タイではよくありました。どの政治勢力からも敬愛される存在であるからこそ、国王による仲介が成立したわけで、これによってタイは内戦や革命といった国全体を巻き込む混乱を回避できてきたといえるでしょう。しかし、同時にそれは、最終的に国王による仲介を当てにしてしまう政治文化をタイに生んだのかもしれません。最終的な仲介者があるという前提に立てば、例えばキルギスの反政府勢力のように本気で体制を転覆しようと思わなくとも、多少無理なことをしてもなんとかなる、という感覚を各党派なかでもそれぞれの政権に対する反体制派にもたらした、と考えられます。

  この二つの背景が、タイの政治・民主主義において、現政権に不満がある勢力と政府の間で、定期的に暴力的な衝突を引き起こしてきたといえるでしょう。国際的な関心が高まるにつれ、アピシット首相は退陣を迫られることになるかもしれません。しかし、仮にそうなったとして、選挙が行われたとしても、クセが直らなければ、いずれまた同じ事態が発生することは、容易に想像されます。都市と農村、富裕層と貧困層の格差が大きく、社会的な不満が増幅しやすい状況があることは、これに拍車をかけます。クセがあることは、その国の個性ではありますが、他方で外国人を含む多くの死傷者を定期的に出すことは、決して褒められた話ではありません。タイのクセを直すためには、ミャンマーのように政治活動を一切禁止するか、国王に頼るのをやめるかの二者択一しかないと思います。もちろん、後者が望ましいことは言うまでもありません。
  

中国での邦人処刑に思うこと

  国で覚せい剤不法所持で逮捕されていた赤木光信死刑囚の刑が執行されました。先日訪中した菅財務相が政府としての懸念を伝えていたなかでの刑の執行でした。中国だけでなく、シンガポールなどでも、麻薬犯罪は重罪。先進国と同じ感覚で、かどうかは知りませんが、中国では昨年にもイギリス人が覚せい剤密輸の罪で処刑されています。

  
  この出来事に関して、死刑制度や中国に対する姿勢で普段は相容れない関係にある産経新聞朝日新聞が、共通して指摘していたのが、中国の司法制度の不備についてです。法廷が非公開であること、通訳が充分な語学能力を備えていないこと、死刑執行数などの情報も明らかにされていないこと、などなど。「透明性」の観点からすれば、中国の司法手続きには問題があると言わざるを得ません。


  ただ、その一方でこの事件は他山の石とすべきものといえるでしょう。足利事件に象徴されるように、日本の司法手続きもまた、閉鎖的な側面がいまだ多く残っています。事件・事故を起こした米兵に対して日本の司法手続きが及びにくいのは、日米地位協定に基づく取り決めが背景にありますが、さらにその背景には、アメリカ側の日本の司法制度に対する不信感があります。昨年11月、読谷村で発生した人身事故の加害者として任意の取調べに応じた米兵が、「通訳の英語がわかりにくい」、「取調べが可視化されていない」という理由でその後の任意聴取に応じなかったことは、記憶に新しいところです。


  日本にせよ中国にせよ、死刑制度がある国で外国人が犯罪に関わるケースは今後も増えていくと予想されます。既に中国では、ヨーロッパ諸国出身者がやはり麻薬犯罪で処刑されており、死刑廃止を訴えるこれらの国の世論とも相まって、外交的摩擦に至っています。そして、同様のことは日本でも今後発生することが容易に想像されるのです。産経新聞は国際世論に配慮しない中国を批判していますが、仮に殺人などで外国人が日本の司法制度のもとで処刑され、それに対する国際的批判が出たとき、同じように言うのでしょうか。


  私自身は死刑賛成派です。ですから、死刑制度そのものを見直すべきとは言いません。しかし、少なくともその司法手続きが透明であると内外に示せないまま、そのような事態になったとすれば、外交的摩擦が増幅しかねません。今回の中国での出来事は、外国人被疑者に対する語学的障壁の除去と、取調べの可視化に関して、日本自身が自らを省みる機会であるといえるでしょう。

  

イスラーム・テロのシルクロード

  29日、ロシアの首都モスクワで地下鉄を狙った連続爆破テロが発生し、38名が死亡しました。最初の爆発が起こったルビャンカ駅の真上が旧KGB本部で、ロシアにおける治安維持の本拠地であったことから、コーカサス地方の分離独立を求めるイスラーム勢力によるテロという見方が広がっています。

  コーカサス(カフカス)地方は、19世紀にロシア帝国がカージャール朝イランとオスマン・トルコから奪った土地で、住民もムスリム中心です。コーカサス南部のグルジア、アゼルバイジャン、アルメニアは1991年のソ連崩壊にともない独立を果たしましたが、それ以外の旧ソ連時代に自治共和国だった地域は、いまもロシア連邦の一部です。このなかにチェチェン共和国もあり、今回のテロもその独立を求める過激派によるもの、とみられているのです。1991年に一方的に独立を宣言したチェチェンに対して、ロシアは軍を差し向けてこれを鎮圧しました。しかし、独立派によるテロ行為はその後むしろエスカレートしており、2002年のモスクワの劇場占拠事件、2004年の南オセチア学校占拠事件などで、多くの犠牲者を出しています。

  ただし、チェチェンの場合はアル・カイーダのような国際テロ組織と全く同一視することもできません。彼らの目的は19世紀から政治的・文化的に抑圧してきたロシアからの独立であり、その行動原理はアル・カイーダのように根拠の薄弱なイスラームの教えにだけ頼ったものではありません。より具体的な目的を抱えている点から、チェチェン独立派の活動はアル・カイーダ以上に抑制することが困難であるといえるでしょう。それだけでなく、チェチェン独立派の活動を、ロシア自身が可能にしている側面も否定できません。

  下図で示すように、ユーラシア大陸の中央部には、イスラーム・テロ組織の交通路があります。東は中国西部の新疆ウイグル自治区から西はトルコまで、北はロシア南部から南はインド北西部まで。この地域は、紀元前2世紀から8世紀に至るまで、いわゆるシルクロードがあったところです。かつて、東の絹と西のガラスや馬が交換されたルートは、いまやその中央部に位置するアフガニスタンからアヘンが各地に流通するとともに、自動小銃などの武器が流通するルートとなっているのです。また、このルートを通じて行き来するテロリストは、特定の団体で常に行動するわけでなく、作戦に応じて活動拠点を変えています。その意味で、かつてのシルクロードは、イスラーム・テロ組織にとってその活動に必要な物資や人員を調達するルートとなっているのです。





  一人で持ち運びできる自動小銃や火薬などと、二〜三人で使用する迫撃砲などを、小型武器(Small Arms and Light Weapons: SALW)と総称します。世界の紛争地帯で実際に人を殺傷しているのはこれらSALWであり、核爆弾ではありません。そのため、SALWこそが大量破壊兵器であるともいわれます。2001年から、国連には小型武器の非合法取引を規制する会議が設置されています。しかし、この場で小型武器の取引規制に消極的な姿勢を示し続けているのが、アメリカ、中国、ロシアといった武器の大輸出国なのです。いわばロシアは、アメリカや中国などとともに武器輸出の利益を優先して、テロ組織が武器にアクセスしやすい環境を野放しにしている、といえるでしょう。【詳細は、以下を参照。六辻彰二(2006)「紛争管理と小型武器拡散防止レジーム」、青木一能編『グローバリゼーションの危機管理論』所収、芦書房】

  言うまでもなく、無差別に人を殺傷するテロ行為は容認できるものでありません。しかし、その一方で先ほど述べたように、チェチェン独立派の活動は容易に収まるとは思えません。力ずくでの鎮圧には限界があり、テロ対策には社会・経済的な対策が不可欠です。にもかかわらず、ロシアが武器取引規制に消極的な姿勢を示し続けていることは、翻って自らの安全を脅かす一因になっているのであり、これは「テロとの戦い」を前面に打ち出しながらも武器規制に消極的であったブッシュ前米大統領にも共通する矛盾である、といえるのです。



タイのデモに未来の可能性を思う

   イで大規模なデモが発生しています。2006年のクーデタで政権を追われたタクシン前首相を支持する勢力がバンコクに集結し、アビシット首相の退陣と議会解散・総選挙実施を求めています。昨年のASEAN首脳会議場への乱入騒ぎを思い起こさせるもので、1992年の以来、タイは東南アジア諸国において、その民主化パフォーマンスと政治的安定性が高い評価を得てきましたが、その評価が低下しつつあります。


  タイ国内で携帯電話会社を経営していたタクシン前首相は、公的資金の大量投下をともなう経済活性化と、健康保険制度の整備によって、特に貧困層が多い農村部で今も支持されています。しかし、他方でマスコミ統制や不正献金疑惑、さらにイスラーム過激派を取り締まる過程で逮捕状なしの身柄拘束などを決定したことから、主に都市部での批判を集め、最終的に2006年9月の軍によるクーデタで亡命を余儀なくされたのです。


  しかし、さっき触れたように、農村を中心にタクシン前首相への支持は衰えていません。今後の推移は余談を許しませんが、一つ気になるのは、国王ラーマ9世の動向です。立憲君主制のタイでは、政治勢力間の争いが膠着すると、政治的立場を超えて国民から絶大な支持を集める国王が超越的な調停者として介入し、混乱を収めるのが常でした。しかし、1927年生まれのラーマ9世は今年で83歳。高齢もあって体調がすぐれないと伝えられており、今回の件にどの程度関与できるかは不透明です。


  選挙が定期的に実施され、タクシン前首相に規制されるまでは報道の自由も比較的保証されるなど、民主的で安定した政治はタイにとって外資誘致における一つのセールスポイントでした。それが今、揺らいでいるのです。近隣のシンガポールやマレーシアで、多少なりとも権威主義的な政府のもとで政治活動が規制され、それが逆に政治的安定を高め、外資からの魅力となっていることとは対照的です。民主体制と権威主義体制のどちらが開発に向いているかは研究者の間でも議論が分かれており、一朝一夕に解の出る問題ではありませんが、いずれにせよタイの場合、度重なる政治的混乱が観光収入の減少に代表されるように、経済にとって悪影響を及ぼすことは間違いないでしょう。


  しかし、短期的な経済の次元を離れてタイ政治の混乱を眺めれば、悪いことばかりとはいえません。政治活動がある程度容認されれば、国民が自らの要求を掲げてアクションを起こすことは避けられません。もちろん、昨年のASEAN首脳会議場の占拠など、他国の首脳にまで危害が及びかねない状況は論外であり、厳しく批判されるべきでしょう。実際、それによってタイ自身が経済的損失を受けています。この観点からタイ国民は、どこまでやってよいかという民主的な行動パターンの習熟プロセスにある、ということができるでしょう。そして、これまでは各自の政治行動が先鋭化した場合でも超越的な調停者たる国王の存在が、タイ国民をして自分たちの政治対立を自分たちで処理する、という民主主義の基本的な部分をなおざりにすることを可能にしてきた、という側面は否定できません。その意味で、ラーマ9世の介入に期待する意見もありますが、むしろそれがない方が、タイの民主政治を強化する「生みの苦しみ」のプロセスとして、タイの長期的な発展のために不可欠と捉えられるのです。



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