スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 2014.03.05 Wednesday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

シリーズ 新・貧困と格差の国際政治 2)世界の貧困と格差

   貧困と格差を考えるうえで、まず最初に世界の状況をみてみましょう。下の図は、UNDP(国連開発計画)の年次報告書 Human Development Report 2005の37ページから借用したものです。この図が表しているのは、世界には国内で想像しにくいほどの格差がある、ということです。先進国の人たちは、この図の右で表されている5つの階層のうち、上から2つめまでの階層にほとんど収まっています。つまり、先進国で貧困層と呼ばれる人々は、世界レベルではむしろ富裕層に属するということです。





  一方で、この図では、地域別でいえばアフリカ、南アジアなどが世界で最も貧しい最下層のほとんどを占めます。これらの人々が置かれている状況は、「絶対的貧困」と呼ばれます。つまり、誰かと比べるまでもなく、間違いなく貧困である、という状態です。世界銀行の定義では、1985年の購買力平価で1日1ドル未満の生活水準、ということになっています。ただし、その捉え方は国際機関などによってまちまちで、1ドル以外に、最近は1.25ドルや2ドルなども基準として使われています。いずれにしても、世界の貧困と格差は先進国のスケールをはるかに上回っており、絶対的貧困を解消することが、先進国の開発援助では重視されるようになっています。

  
  ただし、これは先進国の貧困と格差が問題でない、という意味ではありません。例えば、先進国の、特に都市では経済といえば貨幣経済を意味します。つまり、生存のためには貨幣が不可欠です。しかし、経済は貨幣経済が全てではありません。自給経済も立派な経済です。そして、国レベルや地域レベルで所得が低いところは、総じて自給経済の比率が高く、物価水準も基本的には先進国より低いのです。ということは、アフリカの農村で自給自足に近い状態で生活する人(その多くは絶対的貧困層です)と、仮にそれより所得が高いとしても、東京の路上で生活する人の、どちらがシビアな状況かということは、一概には比較できないのです。


  ところで、それぞれの社会の平均より所得が低い状態を指して、「相対的貧困」と呼びます。さっきも触れたように、それぞれの国で物価水準が異なるため、同じ1ドル、同じ100ドルでも、その価値は大きくかわってきます。日本の場合、年収200万円が貧困ラインと呼ばれます。これは、最初の図に照らせば、かなりの高額所得者となりますが、日本の物価水準でいえば、決して豊かでないことは言うまでもありません。誰かと比較して「貧困である」と認識されるわけですから、これは格差の概念と結びつきます。最初の図で見れば、アフリカや南アジアにも先進国の平均以上の所得の人が、ごく少数ながらいます。ですから、これらの地域では先進国以上に格差が大きい、といえるでしょう。


  誤解を恐れずにいえば、相対的貧困はどの社会でもある状態で、その根本的な解決は不可能です。密林などで狩猟採集生活を送らず、人間が文明的な生活をする以上、所得の多寡は避けられません。ただし、相対的貧困や格差がいわば文明社会の宿命であるとしても、それは以下の場合に大きな社会不安をもたらすと考えられます。

�相対的貧困の状態にある人口や格差があまりにも大きい場合、
�それが急速に進む場合、
�それが本人の責任以外の要素で加速する場合、
最後に�それが可視的である、つまり誰の目にも触れやすい場合、です。

この観点からいえば、国内と国際社会を問わず、現代は貧困と格差がこれまでになく「問題」として浮上しやすい環境にあるといえるでしょう。


(続く)


シリーズ 新・貧困と格差の国際政治 1)「貧困と格差の国際政治学」宣言

   現在、貧困と格差は大きな関心を集めています。2008年には「貧困研究会」が創設され、『貧困研究』という雑誌まで創刊されています。活字離れと世界金融危機のダブルパンチで出版業界が逼迫し、多くの雑誌が廃刊に追い込まれているなかで、これは小さくない意味を持ちます。


  貧困と格差に対する多くの意見や主張は、しかし必ずしも理論的に整理されているとはいえません。例えば、貧困と格差はなぜいけないのでしょうか。直観的にこれらがよくないものだということは多くの人に理解を得られるとしても、人道的観点や社会正義から離れて、貧困と格差があることによって社会全体にどんな問題が発生してくるかを問う声は、必ずしも大きくありません。「気の毒な人がいる」という感情そのものを否定するわけではありまぜんが、これは往々にして一過性のものになりがちです。


  「派遣村」が開設された当初、多くの人がこれに関心を寄せましたが、それが持続しているとはいえません。むしろ自己責任を問う声の方がより目立つようになっています。もちろん、自己責任を否定するものではありません。よく言われるように、生活保護を受け取りながら、その一方で農業や介護などの重労働を忌避し、職を選り好みするというのは、社会保障のコストを負担しないでベネフィットだけ享受する「ただ乗り(free riding)」と批判されても仕方ありません。


  しかし、次回以降で改めて述べるように、貧困と格差を生み出す社会構造も確かに存在するのであって、これを無視して自己責任だけを要求しても、解決には程遠い結果を招きかねません。そして、これは先進国と開発途上国の間にみられる、グローバルな貧困と格差についても同様です。


  昨年の衆議院選挙は、それだけでないにしても、貧困と格差に対する拒絶反応が、自民党敗北の結果をもたらす大きな原動力になりました。18世紀以降のヨーロッパにおける市民革命も、中国歴代王朝の衰亡も、人々の物質的枯渇とそれに対する不満が背景となった点で共通します。つまり、貧困と格差は容易に政治問題に転化し得るのです。


  そして、これは先進国と開発途上国の間の関係においても同様だといえるでしょう。つまり、開発途上国に蔓延する貧困と格差は、単に開発途上国内部の問題というわけでなく、先進国との間の政治的関係にも拭い難い影響を及ぼすことになる、と考えられるのです。

  
  これらを踏まえて、本シリーズは旧ブログの内容を新規巻き直し、グローバルな課題である貧困と格差そのものについての考察とともに、これがもたらす政治問題についても、国際政治学の視点から取り上げます。


日本は「課題先進国」か?

   日、NHKのクローズアップ現代で、高齢などのため食べたり飲み込んだりする力の衰えた「嚥下(えんげ)障害」のひとが約100万人おり、その食べる力をどのように回復させるか、という取り組みを紹介していました。やはり、ぼちぼち高齢となってきた両親をもつ身として、関心をもって観ましたが、そのなかでより食べやすい「介護食」の開発が紹介されていました。見た目にも綺麗な介護食は、国際的にも関心を集めており、実際に中国などに輸出する動きもある、ということでした。


  れを観ていて、思い出したのが「課題先進国」という言葉です。東大総長の小宮山宏氏の生み出したこの言葉は、エネルギー、住宅、医療、教育など日本が直面する多くの課題は、他国に先駆けて顕在化しているのであり、やがてそれらが世界の課題となるであろうこと、そして課題先進国であるがゆえに外に解決手段を求められず、自らの創意工夫でこれを克服することで、逆に世界の先端を進むことができる、といった意味を含んでいます。課題ばかりが山積する現代の日本を、逆説的に前向きに捉えるところに、なるほどと感心しました。先ほどの介護食に関しても、課題が先行しているが故に開発されたものが、海外で新たなビジネスチャンスを生んだ一例といえるでしょう。


  方、昨日のクローズアップ現代の前の7時のNHKニュースでトップに取り上げられていたのが、奈良県桜井市で5歳の子供が両親に餓死させられた、という痛ましいニュースでした。子供が乳幼児健診などを受けず、保育所などにも通っていなかったのに、桜井市や児童相談所は事態を把握しておらず、最悪の結末に至りました。児童虐待は増加傾向にあり、昨年は335件にのぼりました。よくいわれるように、これはストレスフルな社会のなかで近親者による虐待が実際に増加しているとともに、それに対する社会の関心の高まりにより、発覚しやすくなったことが原因であると考えられます。


  ころで、虐待をはじめ、ドメスティックバイオレンスなどの家庭内で発生する問題は従来、日本では見過ごされがちでした。それが「問題」として認知されるようになったのはごく最近です。一方、欧米諸国では1980年代頃からこれらが既に社会問題化し、公的機関による関与の仕組みが作られてきました。これに対して、日本でドメスティックバイオレンス防止法が成立したのは2001年。児童虐待に関しても、保護者の拒否があっても裁判所の許可を受けることで、児童相談所が強制的に介入できるようになったのは2008年からです。これらが「課題」として認知されるにいたったのが、ごく最近であるということから、これらの領域において日本は逆に「課題後進国」ということができるかもしれません。


  前、小宮山氏がTVで発言されていたように記憶しておりますが、日本には技術力による課題の解決を志向する傾向があります。地球温暖化問題に関して、省エネ技術やクリーンエネルギー技術が真っ先に取り上げられることは、その象徴です。もちろん、それは重要なことであり、日本が世界有数の技術立国であるという競争力からいっても、無理のない発想です。しかし、その一方で課題を感知し、それを解決するための制度や仕組みを作ることに関しては、全くといっていいほど得手ではないようです。技術者=エンジニアはたくさんいても、制度や仕組みを生み出す社会的エンジニアが乏しいのが、この国の最大の課題なのかもしれません。その意味で、「課題先進国」として日本を捉えることの意義は否定できませんが、その一方で「課題後進国」として海外から学ぶことは、まだまだたくさんあるといわざるを得ないのです。


日本国憲法から考える外国人参政権問題

  今回の国会でひとつの焦点になっているのが、外国人参政権の問題です。永住権をもつ外国人に地方参政権を与えるかどうか、ということですが、与党内でも国民新党が「憲法違反の恐れがある」と明確に反対の姿勢を示し、万一採択されれば連立離脱も辞さないと強気の構えです。この他、自民党からも批判があがっているようです。

  一部のメディアで指摘されているように、外国人に参政権を付与するという提案には、参議院選挙をにらんで、在日コリアンなかでも韓国系の組織である民団からの支持を取り付けようとする小沢幹事長の意図をうかがうことができます。これをもって、「日本が乗っ取られる」というような主張を展開するウヨクもあります。党内の反小沢勢力の台頭もあって、鳩山首相も「何がなんでも今国会でというわけでない」とトーンを弱めています。

  この問題を考えるときに、まず確認すべきは反対派の根拠である「憲法違反の恐れ」という部分です。日本国憲法15条には、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である」と定められています。しかし、その一方で第93条には「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する」とあります。今回の問題に関して、クローズアップされるのは、この二つの条項でしょう。

  まず、15条でポイントになるのは、国民固有の権利、という部分です。固有という言葉には、一般的にどんな意味があるのでしょうか。国語辞典をひくと、「,發箸らあるようす。△曚にはなく、それに限ってあるようす。(三省堂国語辞典)」とあります。,琉嫐で捉えれば、「全ての国民にはもともと投票権が与えられている」となります。つまり、この場合は国民以外に投票権を与えないということを明示していない、と理解できます。これに対して、△琉嫐では「国民にしか投票権は与えられない」と捉えられます。「固有」の解釈ひとつで、全く異なる見解が導き出せるのです。

  次に、93条の「住民が」という部分が問題になります。住民とは文字通り住んでいる人という意味です。つまり、国籍は問われていません。ヨーロッパではすでに永住外国人に参政権を付与している国が多くありますが、その根拠となっているのも、やはりこの「住民」概念なのです。国政は国民しか関与できない、しかし地方政治は住民主体であるから、住んでいる外国人にもその権利が開かれるのは当然、という考え方です。ヨーロッパで導入されているのだから、それが正しい、というわけではありません。しかし、国民と住民の概念に明確な違いがあることは確かです。

  15条の「固有」をめぐっては解釈が分かれます。その意味で、国民新党がいうように、憲法違反の可能性は否定できません。しかし、逆に合憲の可能性も否定できません。つまり、どちらとでも取れる文言になっているのですから、あとは政治的立場の問題、ということができるでしょう。そして、93条の規定からは、少なくとも外国人に参政権を付与することが違憲であるという主張を導き出すことは困難です。このように憲法を見直せば、永住外国人に地方参政権を付与することを、少なくとも「憲法違反」を根拠に反対することは無理がある、といえるでしょう。


引っ越しました

   このたび、Windows Liveから引っ越してきました。以前からの「シリーズ 貧困と格差の国際政治」をはじめ、今後ますます内容を充実させたいと思います。

  ちなみに、これまでのブログのURLは以下の通りです。

  http://mutsuji.spaces.live.com/default.aspx

  


iPad用の電子書籍アプリを作りました![佐門准教授と12人の哲学者]


公式サイト

カレンダー

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< July 2017 >>

最新エントリー

カテゴリー

アーカイブ

プロフィール

search this site.

sponsored links

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM