タイのデモに未来の可能性を思う
タイで大規模なデモが発生しています。2006年のクーデタで政権を追われたタクシン前首相を支持する勢力がバンコクに集結し、アビシット首相の退陣と議会解散・総選挙実施を求めています。昨年のASEAN首脳会議場への乱入騒ぎを思い起こさせるもので、1992年の以来、タイは東南アジア諸国において、その民主化パフォーマンスと政治的安定性が高い評価を得てきましたが、その評価が低下しつつあります。
タイ国内で携帯電話会社を経営していたタクシン前首相は、公的資金の大量投下をともなう経済活性化と、健康保険制度の整備によって、特に貧困層が多い農村部で今も支持されています。しかし、他方でマスコミ統制や不正献金疑惑、さらにイスラーム過激派を取り締まる過程で逮捕状なしの身柄拘束などを決定したことから、主に都市部での批判を集め、最終的に2006年9月の軍によるクーデタで亡命を余儀なくされたのです。
しかし、さっき触れたように、農村を中心にタクシン前首相への支持は衰えていません。今後の推移は余談を許しませんが、一つ気になるのは、国王ラーマ9世の動向です。立憲君主制のタイでは、政治勢力間の争いが膠着すると、政治的立場を超えて国民から絶大な支持を集める国王が超越的な調停者として介入し、混乱を収めるのが常でした。しかし、1927年生まれのラーマ9世は今年で83歳。高齢もあって体調がすぐれないと伝えられており、今回の件にどの程度関与できるかは不透明です。
選挙が定期的に実施され、タクシン前首相に規制されるまでは報道の自由も比較的保証されるなど、民主的で安定した政治はタイにとって外資誘致における一つのセールスポイントでした。それが今、揺らいでいるのです。近隣のシンガポールやマレーシアで、多少なりとも権威主義的な政府のもとで政治活動が規制され、それが逆に政治的安定を高め、外資からの魅力となっていることとは対照的です。民主体制と権威主義体制のどちらが開発に向いているかは研究者の間でも議論が分かれており、一朝一夕に解の出る問題ではありませんが、いずれにせよタイの場合、度重なる政治的混乱が観光収入の減少に代表されるように、経済にとって悪影響を及ぼすことは間違いないでしょう。
しかし、短期的な経済の次元を離れてタイ政治の混乱を眺めれば、悪いことばかりとはいえません。政治活動がある程度容認されれば、国民が自らの要求を掲げてアクションを起こすことは避けられません。もちろん、昨年のASEAN首脳会議場の占拠など、他国の首脳にまで危害が及びかねない状況は論外であり、厳しく批判されるべきでしょう。実際、それによってタイ自身が経済的損失を受けています。この観点からタイ国民は、どこまでやってよいかという民主的な行動パターンの習熟プロセスにある、ということができるでしょう。そして、これまでは各自の政治行動が先鋭化した場合でも超越的な調停者たる国王の存在が、タイ国民をして自分たちの政治対立を自分たちで処理する、という民主主義の基本的な部分をなおざりにすることを可能にしてきた、という側面は否定できません。その意味で、ラーマ9世の介入に期待する意見もありますが、むしろそれがない方が、タイの民主政治を強化する「生みの苦しみ」のプロセスとして、タイの長期的な発展のために不可欠と捉えられるのです。
タイ国内で携帯電話会社を経営していたタクシン前首相は、公的資金の大量投下をともなう経済活性化と、健康保険制度の整備によって、特に貧困層が多い農村部で今も支持されています。しかし、他方でマスコミ統制や不正献金疑惑、さらにイスラーム過激派を取り締まる過程で逮捕状なしの身柄拘束などを決定したことから、主に都市部での批判を集め、最終的に2006年9月の軍によるクーデタで亡命を余儀なくされたのです。
しかし、さっき触れたように、農村を中心にタクシン前首相への支持は衰えていません。今後の推移は余談を許しませんが、一つ気になるのは、国王ラーマ9世の動向です。立憲君主制のタイでは、政治勢力間の争いが膠着すると、政治的立場を超えて国民から絶大な支持を集める国王が超越的な調停者として介入し、混乱を収めるのが常でした。しかし、1927年生まれのラーマ9世は今年で83歳。高齢もあって体調がすぐれないと伝えられており、今回の件にどの程度関与できるかは不透明です。
選挙が定期的に実施され、タクシン前首相に規制されるまでは報道の自由も比較的保証されるなど、民主的で安定した政治はタイにとって外資誘致における一つのセールスポイントでした。それが今、揺らいでいるのです。近隣のシンガポールやマレーシアで、多少なりとも権威主義的な政府のもとで政治活動が規制され、それが逆に政治的安定を高め、外資からの魅力となっていることとは対照的です。民主体制と権威主義体制のどちらが開発に向いているかは研究者の間でも議論が分かれており、一朝一夕に解の出る問題ではありませんが、いずれにせよタイの場合、度重なる政治的混乱が観光収入の減少に代表されるように、経済にとって悪影響を及ぼすことは間違いないでしょう。
しかし、短期的な経済の次元を離れてタイ政治の混乱を眺めれば、悪いことばかりとはいえません。政治活動がある程度容認されれば、国民が自らの要求を掲げてアクションを起こすことは避けられません。もちろん、昨年のASEAN首脳会議場の占拠など、他国の首脳にまで危害が及びかねない状況は論外であり、厳しく批判されるべきでしょう。実際、それによってタイ自身が経済的損失を受けています。この観点からタイ国民は、どこまでやってよいかという民主的な行動パターンの習熟プロセスにある、ということができるでしょう。そして、これまでは各自の政治行動が先鋭化した場合でも超越的な調停者たる国王の存在が、タイ国民をして自分たちの政治対立を自分たちで処理する、という民主主義の基本的な部分をなおざりにすることを可能にしてきた、という側面は否定できません。その意味で、ラーマ9世の介入に期待する意見もありますが、むしろそれがない方が、タイの民主政治を強化する「生みの苦しみ」のプロセスとして、タイの長期的な発展のために不可欠と捉えられるのです。
- 2010.03.22 Monday
- アジア
- 01:08
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- by MUTSUJI Shoji
