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  • 2014.03.05 Wednesday
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日本の文化風土とメンタリティ その2:アベノミクスはなぜ生まれたか?

 日、ある友人にいわゆるアベノミクスについて質問されました。自民党の「小さな政府」路線からの転換に、違和感があったようです。そのときの返答の主旨は、「もともと自民党の中には、中曽根、宮沢の両元首相に代表されるように、アダム・スミス的な市場経済路線と、積極財政を厭わないケインズ主義的な路線の両方がいて、それが振り子のように交互に主流を占め、長期政権を維持した。その観点からすれば、小泉政権下で推し進められた『小さな政府』路線の弊害が表面化し、震災や歴史的円高などに市場原理だけで対応できないなか、自民党がケインズ主義に揺れ戻したと理解していいと思う」というものでした。

 その友人がいみじくも感想として述べたように、自民党はいわば一つの党のなかで二大政党制を行っていたようなものです。これは状況にあわせて最適と思われる政策を柔軟に提供することを可能にするもので、この現実主義が戦後日本の経済成長と安定を生む大きな要素になったことは確かです。ただし、長期政権化したことで業界との癒着などの弊害が生まれたこともまた確かです。いずれにしても、ここで強調すべきは、自民党にはイデオロギーや思想・信条の共通性よりむしろ、「派閥」に代表されるような人間関係によって成り立つところが大きく、さらにその目指すところは「日本の安定と繁栄」という、きわめて実利的なものであることです。そこには、自民党全体で共有されている、実現すべき価値、規範、原理・原則のようなものは見当たりません。つまり、その良し悪しはともかく、自民党は何らかの理念を奉じた集団でないといえるでしょう。

 これは欧米諸国、なかでも階級格差がいまだ厳然としてあるヨーロッパ諸国の政党が、イデオロギー的な共通性を求心力にしていることと対照的です。第二次世界大戦後のイギリスで、ケインズ主義の影響が強い労働党のクレメント・アトリー首相(任1945-51)のもとで「ゆりかごから墓場まで」の福祉国家体制ができ、スミス的自由主義を重視する保守党の「鉄の女」マーガレット・サッチャー首相(任1979-90)のもとで国鉄民営化などの規制緩和と緊縮財政が進んだことは、その象徴です。もちろん、定期的に国民の審判を受けなければならない政党政治ですから、ある程度は自らのイデオロギーを国民の要望とすり合わせることはあるとしても、少なくとも政党間をまたいだ議員の移動はほとんどありません。それはすなわち、ヨーロッパでは理念が先にあり、その実現を目指すために政党があることを意味します(これと比べて米国の二大政党はイデオロギー的にもっとルーズな集まりです)。この点に、理念より実利的目標を優先させる、日本の自民党との決定的な違いがあります。

 ただし、これはひとり自民党だけの特徴ではありません。特定のイデオロギーや理念に依って立つ公明党、共産党、(最近やや怪しいですが)社民党などを除き、日本の政党のほとんどは、先の与党である民主党を含めて、これに該当すると言っていいでしょう。先の衆議院選挙で、政策の共通性の乏しい「野合」と批判された日本維新の会の橋下氏が、「何を議論するかは重要ではない。大事なのは決めたことを実行することだ」と豪語し、政党における原理・原則の重要性をほぼ全面的に否定したことは、これを象徴します。そこまであからさまでなくとも、規制緩和や改革を訴えるみんなの党にしても、なぜそれが必要かとなったときには、「無駄を省くことが財政赤字の削減に繋がる」という、これまた実利的な回答を出すことがほとんどで、「『小さな政府』を実現することが、経済的理由だけでなく、なぜ社会のあり様として正しいと言えるのか」といった次元の話は、少なくとも私自身はついぞ聞いたことがありません。

 原理・原則にこだわらず、実利で物事の判断をすることの良し悪しを述べているわけでないことは、強調しておきます。むしろ、ここで指摘したいことは、「日本の政党が実利以外に何も考えていない」ことではなく、「実利で判断することが日本における支配的な文化風土である」ことです。

 実際、日本では何らかの理念や原則のもとに、その実現を目指した行動が広がることは稀でした。日本史上、最大の改革者の一人といっていい織田信長が掲げた旗印は「天下布武」、つまり「武力でもって天下を治める」という、内容からすれば身も蓋もないものでした。それが朝廷、室町幕府、寺社のもつ精神的権威を否定するもので、日本なりの近代化、合理化の端緒をつけたことは確かですが、そこには「武」に寄り添う理念のようなものは見当たりません。200年の泰平の世を作り出した徳川幕藩体制もまた、最終的に戦で勝った者が政府を作ったもので、東照宮などでの神格化はあるにせよ、それ以上の支配の正統化はあまり必要ではありませんでした。同じ16世紀、ヨーロッパで宗教改革が本格化し、教義をめぐる争いが実際の覇権闘争と連動したことに比べれば、良かれ悪しかれ、日本では何らかの価値の実現ではなく、「とにかく安定して繁栄した社会を作り出す」こと自体が目的化されたといっていいでしょう。

 理念や原則にこだわらない、この日本的メンタリティは、その自然環境や風土が生んだものといえます。自然環境が人間の精神活動に影響を及ぼすという主張は、18世紀のシャルル・ルイ・ド・モンテスキューや19世紀のアレクシ・ド・トクヴィルらフランスの哲学者たちによって導かれました。我が国では、梅棹忠夫が『文明の生態史観』で、やはり文化風土がそれぞれの土地の自然環境に影響を受けると主張しています。このタイプの考え方は普遍的な合理主義を否定するもので、「保守的」とも評されます。しかし、文化的差異によってインスピレーションに違いがあることを否定し、全ての人間が同じように思考できると考えることは困難です。

 この観点からすると、日本には理念や原則に執着せず、周囲の状況の変化に対応することを良しと思わせる自然環境があったといえます。四季が移り変わり、山海の恵みは豊かで、しかも島国であることから、大陸諸国と異なって外敵の侵入を常に警戒しなくてもいい。この環境のもとでは、季節の移り変わりなど周囲の環境の変化に合わせていれば、比較的豊かで安定した社会を維持することが可能だったといえるでしょう。それは、「人間はかくあるべし」といった厳密な教義や、社会のあり方を根本的に規定する普遍的宗教が、日本で生まれなかった、あるいは広く普及しなかった背景としてあげられます。

 日本で長く信仰の二本柱になってきた神道と仏教は、一神教と比較して、いずれも明確な教義はほとんどなく、統一的な経典、聖典といったものもありません。神道は一種のアニミズムで、万物に宿る神々は人智を超えた力をもつものの、無償の愛に満ちた存在ではありません。人々は神々の怒りや祟りを恐れ、それを避けるために供物を捧げます。一方の仏教は、「解脱」や「悟り」といった言葉に表されるように、人間の精神の解放、言い換えれば、まさに俗世での執着を捨てることを目指すものです。どちらも周囲の環境を自明の与件とみなす傾向があると同時に、世の中を作り直す理念としてのエネルギーには乏しく、強要するような普遍的な原理もありません

 日本と好対照を成すのが、ユダヤ教、キリスト教、イスラームの三大一神教の発祥の地である中東です(近代以降、ヨーロッパ絵画で描かれるキリストの多くが金髪碧眼の白人になりましたが、キリスト教がベツレヘムなど今のイスラエルで普及した事実からすれば、これはヨーロッパ中心史観を補強するイメージ操作に他なりません)。いずれの場合も、厳密で細緻な神学体系が構築されたことは、世界を貫徹する一元的原理の存在と、「理念によって人間社会を構築する」ことを自明とする思考によると言えるでしょう。コーランの教義で社会を規定しようとするイスラーム主義が、いまも大きな力をもつことは、この観点から不思議ではありません。

 このような思考様式が生まれた背景には、中東の自然環境があったと捉えられます。中東はナイルやチグリスといった大河に恵まれているものの、砂漠が多く、昼夜の寒暖差は激しく、さらに幾多の民族が行き交ってその覇を競ってきた土地です。確固たる精神的支柱をもっていないと、生きていくのに過酷な環境と言えるでしょう。キリストが「人はパンのみにて生きるにあらず」と言ったことは、これを象徴します。

 一大キリスト教圏であるヨーロッパも、この点においては中東とほぼ同様といえます。ヨーロッパは寒冷地で、土地も必ずしも肥沃でありません。例外的に温暖で滋味豊かなイタリア半島が、中世以来近隣諸国の奪い合いの舞台になったことは、ローマというカソリックの総本山があったからだけではありません。つまり、ヨーロッパもやはり、自然環境が厳しいが故に、生きていくうえで精神的支柱となる理念を求めるメンタリティが発達しやすい条件のもとにあったのです。その理念は、近代以降に宗教から世俗的イデオロギーと科学にシフトしましたが、「理念によって人間社会を構築する」メンタリティにおいて、ヨーロッパの政党とイスラーム主義者に大きな違いはありません。その意味で、理念や原則が先行する社会では、原理主義的な対立が生まれやすいといえるでしょう。

 翻って日本に話を戻すと、「原理・原則に執着せず、周囲の環境に合わせて実利を優先させる」メンタリティのもとでは、理念をめぐる正面衝突は稀です。3年前の政権交代も、多くの国民が抱いていた生活上の不満や不備に対応しきれず、内向きの姿勢が目立った自民党に対する不信感がもたらしたもので、今回の衆議院選挙も、自民党と民主党が入れ替わったに過ぎません。国全体が右傾化するなか、安倍首相のネオコン的イデオロギーに共感する勢力もあり、実際に北朝鮮などへの強硬姿勢は既に示されていますが、一方で尖閣諸島への常駐公務員の派遣を延期したり、靖国神社への参拝も慎重な姿勢をみせるなど、新政権の方針の端々からも、このメンタリティをうかがうことができます。とんがった原理・原則をかかげることが、一部のコアな支持者を集めることには役立っても、多くのひとを逆に遠ざけかねないことを、安倍首相は以前の「美しい国」に対する冷めた反応から学んだのかもしれません。

 他方、国民の側にも、当然のごとくこのメンタリティは見受けられます。原発に関する世論調査で、「増やすべき」という回答は2009年段階で6割近くありましたが、2011年段階で1割ほどに減った一方、「減らすべき」という回答は、同じ時期に約15パーセントから約40パーセントに上昇しました。ただし、「現状維持」が約20パーセントから約45パーセントに上昇し、最も多い回答となっています。ここからは、エネルギー需要の逼迫と安全性という二律背反する要請のもとで、「とりあえず現状維持」という選択をする市民の姿が透けて見えます。科学者のいう「安全」への信頼が地に落ちたとしても、産業界に多い「代替エネルギーがない」という主張に有効な反論がないことが、この背景にあるといえるでしょう。そこでイタリアやドイツのように、あくまで原子力に依存しない安全な社会こそが望ましいという主張が主流にならない、あるいはフランスのように、国の独立の根幹に関わるエネルギーはあくまで自給すべしという主張が主流にならないことが、よく言えば「柔軟性があって現実的」、悪く言えば「無原則で既成事実に弱い」日本的メンタリティを象徴するものといえるでしょう。

いずれにせよ、世界の政治・経済情勢の変化がこれだけ激しいなか、周囲の環境の変化に適応した政策を打ち出すことは不可欠で、積極財政に打って出ることも一つの選択肢になり得るでしょう。ただ、これまでみてきたように、日本で「周囲の環境の変化に順応し、実利を追求する」メンタリティが濃厚であることに鑑みれば、公共投資が一旦増え始めたとき、それが既存の社会環境として既成事実化され、地方自治体や企業だけでなく、国民もそれに適応して依存するようになることは、容易に想像されます。その場合、日本の財政は本当に破綻しかねないだけでなく、せっかく芽生え始めた「個人の自律」という文化すらも灰燼に帰す恐れがあります。良かれ悪しかれ、実利優先のメンタリティが支配的な社会にあって、政党に対する評価は概ね、そのイデオロギーや理念ではなく、国民の多くが満足感を得られる実利を提供できるかどうかにかかっています。一口に実利とはいっても、特定の政党やその支持者にとっての短期的な実利ではなく、国家あるいは社会全体にとっての長期的な実利を追求できるかどうかが、まさに「責任政党」の名に値するか否かの分岐点になるといえるでしょう。(つづく)

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