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  • 2014.03.05 Wednesday
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大阪ダブル選挙の結果についての考察

  の向こうのエジプトやモロッコに目を向けている間に、大阪のダブル選挙で「維新の会」が圧勝し、橋下徹前知事が市長に当選しました。大阪府で生まれ、大学入学まで過ごした私としては、やや複雑な感が否めません。

  今回のダブル選挙は、日本におけるポピュリズムが一つのピークを迎えたことを示しています。
 
  日本では一般的に、渡邉恒雄読売新聞主筆を中心に、ポピュリズムに「大衆迎合主義」という訳語をあて、その情動性や非合理性を強調する論調が支配的です。無論、これらの側面は否定できませんが、ポピュリズムを単に「台所の政論」のように扱って済ませることは、その本質を見誤るだけでなく、むしろその本質を覆い隠す議論になりがちです。【ポピュリズムについては、以下を参照。拙稿(2007)「ポピュリズムの理念的枠組み:自由主義との対比を中心に」、『カルチュール』(明治学院大学教養教育センター付属研究所】

P.タガートによると、ポピュリズムを解明する要点は、次の5つです。1)代表制への敵意、2)理念化された過去の共同体への憧憬と「普通の人々」の道徳的優位性、3)状況に応じて様々なイデオロギーに染まるカメレオン的性質、4)大規模な社会変動に対する危機感、5)その短命さ、の5つです。

  世界各地におけるポピュリズム運動としては、例えば移民排斥を訴えるフランスの極右政党「国民戦線」や、原発廃止と環境保護を訴えるドイツの「緑の党」を、その典型としてあげることができます。また、減税を訴えるアメリカの「ティーパーティー」や、逆に格差解消を訴える「ウォール街占拠運動」もこれに加えてよいと思います。

  その主張内容は一見バラバラですが、これらの組織・団体には、以下の点で共通します。

  これらはいずれも、複数政党制に基づいて定期的に選挙が行われながら、大企業や労働組合、さらに宗教団体といった動員力・資金力のある組織の利益が優先的に表出し、それらに属さず、自らの利益が政治に反映されにくい階層・集団が、議会制民主主義そのものに敵意をもつに至ることで生まれました。多くの場合、その敵意は、議会制民主主義のもとでエリート、あるいはエスタブリッシュメントの地位を占める政党(議員)、大企業や労働組合などの大利益集団、そしてその政府を支える官僚に向かうことになります。そして、「政治と無縁の『普通の人々』である我々(we)」が「政治にまみれている彼ら(they)」より、道徳的に優れており、その意思を政治に反映させることで、より「善い」社会が生まれるはずだと強調します。

  つまり、理論的には政党は社会の多様な利益を吸い上げ、それを議会という政治的意思決定の場にもちこむという、いわば国家と社会の架け橋の役割を担うべきものです。しかし、現実には特定の組織・団体が動員力・資金力を背景に、議員や政府の行動を大きく左右します。これは政権交代を経ても、オバマ大統領が大企業を擁護せざるを得ないことに象徴されます。その結果、これらの巨大利益団体に属さない階層・集団は、政治的な無力感を味わうことになり、「彼ら」に対する憎悪や敵愾心を募らせ、議会制民主主義そのものを否定する主張を、多くの場合は議会制民主主義の手法にのっとって展開することになります。いわばポピュリズムとは、政党の利益表出能力が十全でない限り、議会制民主主義が必然的に生み出す「鬼っ子」といってよいでしょう。

  ただし、ポピュリズムは強固で一貫したイデオロギーを備えているわけではありません。そのほとんどは、「普通の人々」としての道徳的優越感に加えて、大規模な社会変動に起因する危機感と、ここから派生する、理念化された共同体への郷愁を求心力にします。金融危機や移民の急増といった社会変動に直面したとき、多くのひとは危機感を募らせます。これがポピュリズムの母胎となるのです。ティーパーティーが「古き善きアメリカ」をイメージ化するように、あるいは「国民戦線」が「白人キリスト教徒の共和国」たるフランスをイメージ化するように、ある特定の時期の社会を理想化し、そこへの回帰を求めることで勢力を拡張したことは、その典型例です。

  これらを踏まえて今回の大阪ダブル選挙をふりかえると、橋下氏のポピュリストぶりが浮き彫りになると思います。府知事就任以来、とにかく橋本氏は地方官僚たる府職員を批判し続けました。さらに、現在の中央−地方関係を掌握する霞ヶ関の中央官僚や、永田町の国会議員もまた、批判の対象になりました。

  もちろん、現在の日本の統治構造に何の問題もないとは言えません。他方で、政府や府職員を集中的に批判することで、橋本氏は「『彼ら』に立ち向かう『普通の人々』の味方」のイメージを定着させていったことも、確かだといえるでしょう。今回の市長選挙で、民主党や自民党をはじめ、常日頃は独自候補にこだわる共産党までが平松候補を応援したことは、結果的には橋下氏の「反政党」、「『普通の人々』の味方としてのイメージ強化に繋がりました。

  そして、橋本氏の代名詞ともなった「大阪都構想」もまた、そのポピュリズムの賜物といえます。たまに帰省すると、大阪の衰退ぶりは顕著です。もちろん、今も西日本の中心地であることは確かですが、昔日の面影はないように思います。NHKの朝ドラ「カーネーション」の舞台である岸和田市には、私の母校があります。かつて、大阪南部(泉州)は繊維産業で栄え、戦後復興を支えた根拠地の一つとなりました。私の子ども時代、実家の周辺にはタオルや毛布を織る工場が立ち並び、機織り機械の音がやかましく響いていました。しかし、現在は中国製品に押され、いまやほとんどの工場は閉鎖され、マンションか駐車場になっています。かつて景気のよかった時代を懐かしみ、その再生を願う点で、大阪市のみならず大阪府全体が、日本中のどこにも増して、特定の一時期の社会への回帰を願う素地があるといえるでしょう。

  産業の構造転換に遅れたという意味で、長期化する閉塞感に加えて、昨今の金融危機です。これらの社会変動に対する大阪の人々の危機感が、その状況に有効な手立てを打てているように見えない府・市への不満が、既存の政党の枠組みに囚われず、「彼ら」への露骨な敵意を示し、景気がよく、東京と張り合っていた頃への大阪への回帰を叫ぶ橋本氏への支持に傾いたとしても、不思議ではないでしょう。つまり、大阪の人々が「大阪都構想」を受け入れたとすれば、それは未来志向というより、多分に「回帰」のニュアンスが強いように感ぜられます。いずれにせよ、「維新の会」への支持が、いわゆる「無党派層」に目立ったことからも、既存の秩序そのものに対する敵意を吸い上げることに、橋本氏らが成功したことは確かです。

  言ってみれば、ポピュリズムとは大利益集団や官僚制度によって支えられる、既存の議会制民主主義に対するアンチテーゼです。量的マジョリティである「既得権から排除された人々」を糾合し、多数派であることを最大の武器として、既存の秩序に転換を迫るパターンにおいて、多くのポピュリズム運動は共通します。

  そのなかで、それ以前はいずれの政党からも問題として認識されてこなかった政策課題を政治の場に持ち込むことも稀ではありません。「国民戦線」の移民排斥や、「緑の党」の原発廃止は、その規範的評価はともかく、あらゆる政党が等閑視していた課題に対する、多くの人の漠然とした不満や不安を吸収したものです。フランスやドイツでは、これらが勢力を拡大させた結果、既存政党もこれらの課題について触れざるを得なくなりました。その意味で、ポピュリズムを単に情動的とか非合理的といって片付けようとすること自体、エリートの無謬性を強調する議論に他ならないと言えるでしょう。

  ただし、ポピュリズムは「友−敵」関係を強調することで勢力を拡張させるため、宿命的に善悪の二分法に陥りがちです。その「友−敵」の線引きは内部にも向かうため、ポピュリズム運動は絶え間のない内部分裂を繰り返すことになります。また、既存の政党を否定して政界に進出すれば、当然のごとく自らも政党化せざるを得なくなり、「反政党」としての求心力は損なわれることになります。つまり、ポピュリズムと呼ばれる運動のほとんどは、既存の秩序の一部となって生きながらえるか、分裂の挙句に消滅するかのいずれかの道をたどってきました。これが、タガートのあげたポピュリズム最後の特徴、「その短命さ」です。

  繰り返しになりますが、ポピュリズムそのものは十全でない政党の利益表出能力が生む、議会制民主主義に必然の現象です。そして、それが提起する政策課題が、少なからず多くの人々の日常的な不満や要望を反映した側面があることも否定できません。ただし、「彼ら」に対する無条件の敵意を求心力とするため、社会の中に分裂を生みやすく、さらにその方針はいきおい破壊的にならざるを得ません。破壊の先に繁栄があるという保障はありません。ポピュリズムには常にリスクと隣合わせなのです。

  そして、そのようなポピュリズムは、議会制民主主義にとっての試金石でもあります。つまり、ポピュリズム運動で爆発的に広がった要望や意思が、既存政党に吸収され、従前の議会制民主主義に取り込まれることで、ポピュリズムは衰退してきました。他の政党がより穏健な、しかし厳格な移民政策を導入したことで勢力を衰退させたフランスの国民戦線は、その象徴です。いわば、ポピュリズム運動がもたらした過激な政策要望を他の既存政党が吸収し、より穏健化させて建設的な政策立案に昇華させられるならば、議会制民主主義そのものは健全に機能し続けることができるのです。この観点から、橋本氏と「維新の会」が示した「大阪都構想」に対して、既存政党がどう対応するかを注視することが必要になってくるのです。

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