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  • 2014.03.05 Wednesday
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東京電力批判に対する批判

   このたびの東北関東大震災で被害を受けられた方にお見舞い申し上げます。

  多数の都県に被害が跨り、死傷者がまだ増え続けるであろう未曾有の事態です。ただ、そのなかでマスコミによって、政府とともに東京電力が強い批判にさらされているのが解せません。なぜ、東電がこんなに批判されなければならないのでしょうか。

  主な批判の第一は、原発事故の情報開示が遅いというものです。これは現地住民の方にとってみれば、まさに生死に関わる問題だけに深刻です。ただ、危険すぎる状況の中で東電関係者は、安全を確保しながらの調査を余儀なくされているはずです。つまり、情報を隠蔽しているのではなく、実際に情報を収集しきれていないと見る方が妥当でしょう。

  早期に正確な情報が求められることは、もちろんです。しかし、「さぁ出せ、今すぐ出せ」と言っても、出せるものと出せないものがあるということは認識すべきと思います。出せないものがあると知りながら、記者会見で東電関係者に批判的な質問をぶつけているとすれば、魔女狩りや追難の鬼と変わりません。

  主な批判の第二は、計画停電をめぐる「二転三転」です。NHKでは「後手後手の対応」と表現されていました。確かに、電気が使えない生活は不便ですし、生命維持装置をつけている人のように、生命に直結する場合もあるでしょう。しかし、地震初日に大停電に見舞われた横須賀の住民の立場からすると、使えないと思われていた電気が使えたことが、なぜそれほど批判されなければならないのか、分かりません。
  
  それでは、東電は計画したなら、まよわず実施すべき、というのがマスコミの主張なのでしょうか。そうでもなさそうです。実際、二日目以降に部分的に実施された計画停電の報道は、「こんなに大きな影響が」という主旨のものがほとんどでした。計画停電をやれと言っているのか、やるなと言っているのか、どっちなのでしょうか。

  私個人は、東京電力に因縁も好意もありません。さらに、東京電力の対応が100パーセント問題ないとは言えません。

  しかし、まさに未曾有の混乱の中、想定どおり、決めたとおりの行動を行うことは、ほぼ不可能のはずです。被災した方々が情報不足や電力供給の停滞に、不満や不安を抱くことは当然ですし、それをとやかく言うつもりはありません。しかし、少なくとも安全な土地にいる人間が、そして特に計画停電とほぼ無縁の23区内住民がほとんどのマスコミ関係者が、執拗に東電を槍玉にあげることには、不信感を抱かざるを得ません。

  要するに、自分あるいは家族や知人が実際に被害を受けていない人でも、混乱する事態に精神的についていけず、誰か、あるいは何かのせいにしたい人が多く、マスコミはその「空気」を敏感に反映しているのでしょう。この場合、最も批判しやすいのが、政府とともに東京電力です。しかし、それが生産的な営為なのかというと、首を傾げざるを得ません。

  「被災者の立場で」とマスコミ関係者は言うかも知れません。しかし、それは中立公正を旨とする報道の使命を放棄するものです。弱者の状況を伝えることは必要ですが、その声を自らの声とすることは、マスコミの責任放棄であると思います。今回の震災は、マスコミのあり方にも再考を迫る契機になると言えるでしょう。


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